連載(12)
- 2015/06/29
- 01:43
さて、二週間ぶりの更新でございます。正直な話、第一章の途中から毎週毎週新規で文章を考えていたので、なかなか大変だったのですよ(^^;)
書くのは楽しいんですけど、いかんせん物語を書くと言うのは・・・自分の妄想 考える世界を、いかにわかりやすく伝えられるか、頭をひねって表現を考える作業でもあるわけです。連載やってると、前の分との兼ね合いもありますしね。つじつま合うようにしないといけませんし。
そして現在『海賊将校』のキャラ達を(1.5等身ですが)デザインしております。といっても、ボカロ組は洋服とか武器考えるくらいなんですけどね。
授業の合間にちまちま作業してるんで作業速度はカメの歩みですけれども、色塗りとかもしたらまとめてピクシブ(最近参加しだしました)に上げておきたいと思います。
それでは追記からどうぞ(^◇^)
『海賊将校と運命の花嫁』 作:吉川ひびき
第二章 貴方とともに (4)
「気に入ったものがあって良かったな。」
「はい。ここまで似ているなんて・・・持った感触も、重さも全く違和感がありませんわ。」
「そうか。もしかして、この店で買ったものかもしれないぞ。」
「どうなのでしょうか・・・どこで手に入れたものなのかまでは、聞いておりませんでしたから。」
約束通り、グラス様が買って下さった短剣は・・・まるで、昔から使っていたものであるかのように手に馴染んだ。ずっと使っている愛剣との違いは、それこそ装飾くらいだろう。
(この剣にも・・・あの子と同じような飾りをつけておきたいけれど)
実家に置いてある愛剣には、中身を抜いた鈴とリボンをつけていた。出来ればこの子にもつけたいけれど、買いに行きたいとねだっても大丈夫なものだろうか。
「グラス様。」
横を歩くグラス様を見上げて問いかける。グラス様もこちらに視線を向けて、不思議そうな顔で返答した。
「どうした?」
「あの、まだ時間と・・・予算は大丈夫ですか?」
「ん? まだ欲しいものがあるのか?」
「はい。出来ればでいいのですけれど、あの・・・鈴とリボンが欲しいのです。」
「ああ、それ位なら大丈夫だ。」
そう言ってにっこりと微笑むグラス様。そっと頭を撫でられ、嬉しさと気恥ずかしさが同時に込み上げてきた時・・・グラス様がいきなり空を見上げ始めた。
「どうされました?」
問いかけてみたが、返答は無かった。答えてほしくて、グラス様の服や髪を引っ張ってみるけど・・・当のグラス様は空を眺めたまま。何か考え事をしているようだ。
(つまんない・・・こちらを向いて)
今度はグラス様が顎に当てていた手をぎゅっと握ってみる。すると、今度は反応があった。
「何だ? 鈴とリボン以外にも欲しいものがあるのか?」
「違います。いきなり考え事をされ始めたから、どうしたのだろうと思って。」
「ああ・・・済まない。腹が減ったと思ってな。」
「お腹が?」
「鈴を買いに行く前に昼飯を食べないか? もう日も大分高い位置に上ったようだし、そろそろ飯を食べるのには丁度いい時間だろう?」
言われてみて、始めて日の高さを意識した。顔をあげて空を見ると、確かに太陽は真上に来ている。
「そうですわね。それでは、何に致しましょうか?」
「アトラスなら屋台のサンドイッチあたりが美味しいが・・・。」
「サンドイッチ! 」
そう叫んだ瞬間、野菜や肉、魚がふんだんに使われたボリューム満点のサンドイッチがパッと頭の中に浮かんだ。バターをたっぷり塗った食パンに、好みの野菜や魚、肉といった具がたっぷり挟まれた至高の一品。書類仕事をしながらでも食べられる手軽さもお気に入りだ。
「いいですわね! どこのお店のものがグラス様のお勧めなのですか?」
話しぶりだと、グラス様は幾度かアトラスに来た事があるようだ。それなら、きっと美味しいサンドイッチのお店を知っているはず。三年前に海軍食堂で初めてサンドイッチを食べたが、その美味しさに魅せられてしまい町でもよく食べていた。屋敷のコックに頼んで夜食に作ってもらった事もある。
期待を込めてグラス様のお顔を見たけれど、グラス様はなぜか・・・きゅっと眉を寄せ、困ったような顔になってしまっていた。
(どうしたのかしら? サンドイッチなんて昼食にぴったりじゃないの)
「・・・大丈夫か?」
気遣うような表情のグラス様。なぜそんな表情をしているのか、皆目見当がつかない。
「何がですか?」
「いや、屋台料理は完全に庶民の料理だし、公爵令嬢の口に合うものかと思ってな。ヴァルダンの料理はおいしそうに食べていたが、あいつは貴族のお抱えコックをしていた事があるから、それで食えたのかもしれないし。」
(ああ・・・そういう、こと)
貴族の中には、町の食べ物を『貧しい庶民の食べるもの』『あんな低俗なもの、貴族である私達には合わない』・・・何て言って、馬鹿にする人もいるから。二週間一緒にいたから、わたくしがそんな人達とは違うという事は分かって下さったようだけれど、普段馴染みのないものを食べると調子を崩す人もいるから、そのあたりで気を遣ってくれたのだろう。
(でも、食事なんて美味しければ何でもいいと思うのだけれどね)
作り手の『美味しく食べてほしい』という思いがつまっていて、自分が気に入ったものであるのなら、たとえどんなものでも・・・それが自分にとっての贅沢な食事なのではなかろうか。
「問題ありませんわ。極端な味でなければ大抵のものは食べられます。軍の仕事で遠出した時は町の食堂で食事を取る事もありましたし、姉妹で町に遊びに行ってよく買い食いしておりましたもの。」
「・・・ほう。てっきり、普段から豪奢な物だけを食べているのかと。」
「パーティーなどでは公爵位を持つものであるという体裁もありますし・・・金を使うべき所ではためらうなというお父様の信条の元、贅を尽くした豪華な料理を準備しますけれど、普段の生活は質素な方です。」
「そういうものか。」
「はい。それに『軍人なのだから強靭な体を作らねばならぬ』と言って、お父様は生活や食事には人一倍気を遣ってらして、家族や使用人にも健康第一と口癖のように言っておられるので・・・。」
「まぁ正論だな。調子が出ない時は、何やってもはかどらない。」
「でも、お父様・・・食事のバランスには気を付けてらっしゃいますけど、料理のメニューにはそこまでこだわっていらっしゃらないようです。バランスが良くて美味しければ何でもいいと普段からおっしゃっていますし、郷土料理がお好きなようで・・・町の食堂メニューも普通に夕食等に出てきます。そういえば、使用人達の賄い料理のメニュー決めにもお父様は関わっているとかいないとか・・・。」
「・・・。」
何とも言えないというような表情のグラス様。言葉がなくとも、表情が十二分に彼の心情を表しているようだ。くすりと笑いつつ、話を続けた。
「なので、うちのコックたちはよく自分の地元の料理を作ってくれていました。こちらから『この地方のこれが食べてみたい』とリクエストして作ってもらう事もありましたし。私もいくつか頼んだ事があります。」
「へぇ・・・何を頼んだんだ?」
「この国の料理ではありませんが・・・丼ですの。雑誌を読んでいるときに知って、どうしても食べてみたくて。」
「どんぶり?」
「はい。ええと、あの・・・お米ご存じですか?」
「ああ、パエリアとかで使ってるやつだろ。」
「はい。あれを水だけで柔らかくふかした・・・炊いた、と言うんでしたか、炊いたものの上に具をのせたのもです。」
「シンプルな料理だな。手軽に作れる気がする。」
「どうなのでしょうか・・・うちのコックはお米を炊くのに苦戦していたようですし。でも、出来たものはおいしかったですわ。美味しかったから、時々作ってもらっていました。」
「具は何を?」
「海鮮物を希望する事が多かったです。港でとれた新鮮な魚介を、いろいろな調味料に浸してたくさんのせてもらっていました。一番気に入りの具はアトゥンですわ。厨房に残っている際は、必ず入れてもらっておりました。」
「そうか。今から行くつもりの屋台には、アトゥンを使ったサンドイッチもあったはずだが。」
「そうなのですか!? でしたら、それがいいです!」
「分かった。それじゃ行くぞ。」
「はい!」
***
「それにしても、ダンおじ様は貴族のコックをしていらしたのですね。洒落た雰囲気の美味しいお料理を作る方だとは思っておりましたが、それにも納得です。」
屋台は海の近くにあるというので、通りを歩きながら・・・ふとさっき思った事をグラス様に話してみた。
「まぁ・・・もう十年は前の事だがな。それでも二十年近くやっていたらしいが。」
「自身が体験した事は時が経っても覚えているものですし、長く続けられていたならなおさらです。この十年もずっとダンおじ様が料理担当なのでしょう?」
「ああ。エリーやルージュがちょくちょく手伝っている姿を見るが、基本はヴァルダン一人で作ってるな。」
「わたくしも・・・この前、豆のさや取りをお手伝い致しました。」
そう言うと、それは助かっただろうなと言ってグラス様が笑い出した。
「あいつ、料理の飾りつけは器用だがそれ以外の事は不器用だからな。」
「本人もおっしゃっていましたね。お礼だと言って、その日のお茶にはデコレーションケーキがついてきました。ケーキも美味しかったです。」
「そんな優雅な時間があるのか・・・初耳なんだが。」
「午後のお茶は習慣になってしまっていて、やっぱり飲まないと本調子ではなかったので・・・用意してもらえるようにお願いしたのです。今度からグラス様も一緒に飲まれますか?」
そう提案すれば、グラス様も一緒にお茶をしてくれるだろうと思っていたのだが・・・予想外の言葉が返ってきた。
「いや・・・他にする事があるし、遠慮しておこう。」
「する事?」
「ああ。船長にはやる事が色々あるんだ。」
「何ですの? 教えてくださいませ。」
「そうだな・・・航海計画立案と修正、現状の把握、航海中のリスク回避策立案、クルー達の体調管理や夜間の見張りを誰にするかの計画立て。ああ、そうだ。俺達は海賊だから盗みに入る家の選定や窃盗計画も立てたりするぞ。」
今度は自分の方が何とも言えない表情になったような気がする。前半の方はともかく、後半の方はわたくしに聞かせても良かったのだろうか。一応、わたくしは海軍関係者なのだけれど。
「それにしても・・・最初におっしゃったいくつかは、普通航海士のお仕事では?」
「俺は船長兼航海士なんだ。」
「確かに・・・船長は航海士を兼ねますけど、大抵実行役の航海士が別におりますでしょ? そんな航海士達を束ねるのが船長の役目では?」
「この船には俺以外航海士はいない。トイは副船長で腕もたつが、海や航海についてはあまり知らないし。情報管理はペテロに任せている所もあるが、ルージュは狙撃手と襲撃実行役だし、ヴァルダンとエリーは後方支援を中心に行なっているしな。ソルデムは、戦闘力は十二分にあるが、その・・・考え事には向かないタイプだしな。」
「では、ずっとグラス様が立案・実行・フォローを?」
「そうだ。俺が海賊船の船長になった十年前から、ずっと。」
「十年前に?」
思わず聞き返すと、グラス様はしまったと言うかのように顔を強張らせた。でも、待って。確かグラス様って十九だったはず・・・。
「十年前って、まさか九つの時から?」
「・・・ああ。そうなる。」
それは異常だろう。何があったら・・・まだ九つの男の子が、海賊船の船長になるという事態になるのか。海賊になったのは十年前でも、船長になったのはもっと後の事なのだろうと思っていたのだが。
(まさか・・・まさか)
でも、十年前と言えばあの事件が起きた年だ。大好きな先生が奥様とともに毒殺され、言われのない罪を着せられて爵位を剥奪された、あの事件。先生が爵位を剥奪されたから、自分の婚約者だった先生の御子息は、彼の妹もろとも行方不明になった。だから、軍の仕事の傍ら、十年間・・・ずっと行方を探していた。
「差し出がましい事は承知の上でお聞きします。十年前に何があったのですか? よほどの事がないと・・・そんな必要には迫られないはずです。教えてもらえませんか?」
はやる心臓を手で抑えつけながら、今までに感じた事のない高揚を言葉にのせて逃がしながら、懇願した。だって、目の前のこの方は、あの肖像画の彼に良く似ているのだ。良く似ていたから、最初にグラス様を見た時に・・・驚いて、目が離せなかったのだ。
(もしかして、目の前のこの方は・・・)
そう思って、気が急いて、グラス様に一歩近づいた。すると、また・・・前のように、上から強い力で体を抱きこまれてしまった。これ以上は何も言わせないとでもいうかのような、きつい抱擁。
(また・・・さっきの方法で誤魔化そうとしているのかしら)
こればかりは誤魔化されたくない。きちんと・・・彼の言葉で言ってほしい。たとえ、話せないのだという言葉でも。
前のように呼び掛けたらまた口を塞がれてしまうかもしれない、そうする事で彼はわたくしが欲しいと思っている言葉を飲み込んでしまうかもしれない・・・そう思ったので、何も言わずにいる事にした。
彼が行動を起こすまで、じっと抱きしめられたまま動かないでいる事数分。おもむろにグラス様が口を開いた。
「・・・伝えるべき話である事は分かっているんだ。」
「はい。」
「でも、十年前の出来事は・・・未だに自分の中でも過去の事に出来ていない。今までにも、何度も悪夢を見て飛び起きる事があった。」
「・・・はい。」
「あの時の記憶が鮮明すぎて、あの時の自分の感情が鮮明すぎて、どう言葉にしたらいいのか、十年たった今でもまだ分からないんだ。自分の中で、あの事件は未だに上手く整理しきれていない。」
「・・・それだけの事が、あったのですね。」
「それだけの、まさに・・・自分の世界が一変する出来事だったんだ。」
「でしたら、無理に話せとは言いません。貴方が話せると思った時に、貴方の言葉で教えて下さいませ。」
今はそれで十分だ。 『何か事情がある』という事実だけでも知っているのと、全く何も知らないのとでは雲泥の差だろう。
「・・・分かった。約束する。」
絞り出すような声が、頭の上から降ってきた。
(続)
書くのは楽しいんですけど、いかんせん物語を書くと言うのは・・・自分の
そして現在『海賊将校』のキャラ達を(1.5等身ですが)デザインしております。といっても、ボカロ組は洋服とか武器考えるくらいなんですけどね。
授業の合間にちまちま作業してるんで作業速度はカメの歩みですけれども、色塗りとかもしたらまとめてピクシブ(最近参加しだしました)に上げておきたいと思います。
それでは追記からどうぞ(^◇^)
『海賊将校と運命の花嫁』 作:吉川ひびき
第二章 貴方とともに (4)
「気に入ったものがあって良かったな。」
「はい。ここまで似ているなんて・・・持った感触も、重さも全く違和感がありませんわ。」
「そうか。もしかして、この店で買ったものかもしれないぞ。」
「どうなのでしょうか・・・どこで手に入れたものなのかまでは、聞いておりませんでしたから。」
約束通り、グラス様が買って下さった短剣は・・・まるで、昔から使っていたものであるかのように手に馴染んだ。ずっと使っている愛剣との違いは、それこそ装飾くらいだろう。
(この剣にも・・・あの子と同じような飾りをつけておきたいけれど)
実家に置いてある愛剣には、中身を抜いた鈴とリボンをつけていた。出来ればこの子にもつけたいけれど、買いに行きたいとねだっても大丈夫なものだろうか。
「グラス様。」
横を歩くグラス様を見上げて問いかける。グラス様もこちらに視線を向けて、不思議そうな顔で返答した。
「どうした?」
「あの、まだ時間と・・・予算は大丈夫ですか?」
「ん? まだ欲しいものがあるのか?」
「はい。出来ればでいいのですけれど、あの・・・鈴とリボンが欲しいのです。」
「ああ、それ位なら大丈夫だ。」
そう言ってにっこりと微笑むグラス様。そっと頭を撫でられ、嬉しさと気恥ずかしさが同時に込み上げてきた時・・・グラス様がいきなり空を見上げ始めた。
「どうされました?」
問いかけてみたが、返答は無かった。答えてほしくて、グラス様の服や髪を引っ張ってみるけど・・・当のグラス様は空を眺めたまま。何か考え事をしているようだ。
(つまんない・・・こちらを向いて)
今度はグラス様が顎に当てていた手をぎゅっと握ってみる。すると、今度は反応があった。
「何だ? 鈴とリボン以外にも欲しいものがあるのか?」
「違います。いきなり考え事をされ始めたから、どうしたのだろうと思って。」
「ああ・・・済まない。腹が減ったと思ってな。」
「お腹が?」
「鈴を買いに行く前に昼飯を食べないか? もう日も大分高い位置に上ったようだし、そろそろ飯を食べるのには丁度いい時間だろう?」
言われてみて、始めて日の高さを意識した。顔をあげて空を見ると、確かに太陽は真上に来ている。
「そうですわね。それでは、何に致しましょうか?」
「アトラスなら屋台のサンドイッチあたりが美味しいが・・・。」
「サンドイッチ! 」
そう叫んだ瞬間、野菜や肉、魚がふんだんに使われたボリューム満点のサンドイッチがパッと頭の中に浮かんだ。バターをたっぷり塗った食パンに、好みの野菜や魚、肉といった具がたっぷり挟まれた至高の一品。書類仕事をしながらでも食べられる手軽さもお気に入りだ。
「いいですわね! どこのお店のものがグラス様のお勧めなのですか?」
話しぶりだと、グラス様は幾度かアトラスに来た事があるようだ。それなら、きっと美味しいサンドイッチのお店を知っているはず。三年前に海軍食堂で初めてサンドイッチを食べたが、その美味しさに魅せられてしまい町でもよく食べていた。屋敷のコックに頼んで夜食に作ってもらった事もある。
期待を込めてグラス様のお顔を見たけれど、グラス様はなぜか・・・きゅっと眉を寄せ、困ったような顔になってしまっていた。
(どうしたのかしら? サンドイッチなんて昼食にぴったりじゃないの)
「・・・大丈夫か?」
気遣うような表情のグラス様。なぜそんな表情をしているのか、皆目見当がつかない。
「何がですか?」
「いや、屋台料理は完全に庶民の料理だし、公爵令嬢の口に合うものかと思ってな。ヴァルダンの料理はおいしそうに食べていたが、あいつは貴族のお抱えコックをしていた事があるから、それで食えたのかもしれないし。」
(ああ・・・そういう、こと)
貴族の中には、町の食べ物を『貧しい庶民の食べるもの』『あんな低俗なもの、貴族である私達には合わない』・・・何て言って、馬鹿にする人もいるから。二週間一緒にいたから、わたくしがそんな人達とは違うという事は分かって下さったようだけれど、普段馴染みのないものを食べると調子を崩す人もいるから、そのあたりで気を遣ってくれたのだろう。
(でも、食事なんて美味しければ何でもいいと思うのだけれどね)
作り手の『美味しく食べてほしい』という思いがつまっていて、自分が気に入ったものであるのなら、たとえどんなものでも・・・それが自分にとっての贅沢な食事なのではなかろうか。
「問題ありませんわ。極端な味でなければ大抵のものは食べられます。軍の仕事で遠出した時は町の食堂で食事を取る事もありましたし、姉妹で町に遊びに行ってよく買い食いしておりましたもの。」
「・・・ほう。てっきり、普段から豪奢な物だけを食べているのかと。」
「パーティーなどでは公爵位を持つものであるという体裁もありますし・・・金を使うべき所ではためらうなというお父様の信条の元、贅を尽くした豪華な料理を準備しますけれど、普段の生活は質素な方です。」
「そういうものか。」
「はい。それに『軍人なのだから強靭な体を作らねばならぬ』と言って、お父様は生活や食事には人一倍気を遣ってらして、家族や使用人にも健康第一と口癖のように言っておられるので・・・。」
「まぁ正論だな。調子が出ない時は、何やってもはかどらない。」
「でも、お父様・・・食事のバランスには気を付けてらっしゃいますけど、料理のメニューにはそこまでこだわっていらっしゃらないようです。バランスが良くて美味しければ何でもいいと普段からおっしゃっていますし、郷土料理がお好きなようで・・・町の食堂メニューも普通に夕食等に出てきます。そういえば、使用人達の賄い料理のメニュー決めにもお父様は関わっているとかいないとか・・・。」
「・・・。」
何とも言えないというような表情のグラス様。言葉がなくとも、表情が十二分に彼の心情を表しているようだ。くすりと笑いつつ、話を続けた。
「なので、うちのコックたちはよく自分の地元の料理を作ってくれていました。こちらから『この地方のこれが食べてみたい』とリクエストして作ってもらう事もありましたし。私もいくつか頼んだ事があります。」
「へぇ・・・何を頼んだんだ?」
「この国の料理ではありませんが・・・丼ですの。雑誌を読んでいるときに知って、どうしても食べてみたくて。」
「どんぶり?」
「はい。ええと、あの・・・お米ご存じですか?」
「ああ、パエリアとかで使ってるやつだろ。」
「はい。あれを水だけで柔らかくふかした・・・炊いた、と言うんでしたか、炊いたものの上に具をのせたのもです。」
「シンプルな料理だな。手軽に作れる気がする。」
「どうなのでしょうか・・・うちのコックはお米を炊くのに苦戦していたようですし。でも、出来たものはおいしかったですわ。美味しかったから、時々作ってもらっていました。」
「具は何を?」
「海鮮物を希望する事が多かったです。港でとれた新鮮な魚介を、いろいろな調味料に浸してたくさんのせてもらっていました。一番気に入りの具はアトゥンですわ。厨房に残っている際は、必ず入れてもらっておりました。」
「そうか。今から行くつもりの屋台には、アトゥンを使ったサンドイッチもあったはずだが。」
「そうなのですか!? でしたら、それがいいです!」
「分かった。それじゃ行くぞ。」
「はい!」
***
「それにしても、ダンおじ様は貴族のコックをしていらしたのですね。洒落た雰囲気の美味しいお料理を作る方だとは思っておりましたが、それにも納得です。」
屋台は海の近くにあるというので、通りを歩きながら・・・ふとさっき思った事をグラス様に話してみた。
「まぁ・・・もう十年は前の事だがな。それでも二十年近くやっていたらしいが。」
「自身が体験した事は時が経っても覚えているものですし、長く続けられていたならなおさらです。この十年もずっとダンおじ様が料理担当なのでしょう?」
「ああ。エリーやルージュがちょくちょく手伝っている姿を見るが、基本はヴァルダン一人で作ってるな。」
「わたくしも・・・この前、豆のさや取りをお手伝い致しました。」
そう言うと、それは助かっただろうなと言ってグラス様が笑い出した。
「あいつ、料理の飾りつけは器用だがそれ以外の事は不器用だからな。」
「本人もおっしゃっていましたね。お礼だと言って、その日のお茶にはデコレーションケーキがついてきました。ケーキも美味しかったです。」
「そんな優雅な時間があるのか・・・初耳なんだが。」
「午後のお茶は習慣になってしまっていて、やっぱり飲まないと本調子ではなかったので・・・用意してもらえるようにお願いしたのです。今度からグラス様も一緒に飲まれますか?」
そう提案すれば、グラス様も一緒にお茶をしてくれるだろうと思っていたのだが・・・予想外の言葉が返ってきた。
「いや・・・他にする事があるし、遠慮しておこう。」
「する事?」
「ああ。船長にはやる事が色々あるんだ。」
「何ですの? 教えてくださいませ。」
「そうだな・・・航海計画立案と修正、現状の把握、航海中のリスク回避策立案、クルー達の体調管理や夜間の見張りを誰にするかの計画立て。ああ、そうだ。俺達は海賊だから盗みに入る家の選定や窃盗計画も立てたりするぞ。」
今度は自分の方が何とも言えない表情になったような気がする。前半の方はともかく、後半の方はわたくしに聞かせても良かったのだろうか。一応、わたくしは海軍関係者なのだけれど。
「それにしても・・・最初におっしゃったいくつかは、普通航海士のお仕事では?」
「俺は船長兼航海士なんだ。」
「確かに・・・船長は航海士を兼ねますけど、大抵実行役の航海士が別におりますでしょ? そんな航海士達を束ねるのが船長の役目では?」
「この船には俺以外航海士はいない。トイは副船長で腕もたつが、海や航海についてはあまり知らないし。情報管理はペテロに任せている所もあるが、ルージュは狙撃手と襲撃実行役だし、ヴァルダンとエリーは後方支援を中心に行なっているしな。ソルデムは、戦闘力は十二分にあるが、その・・・考え事には向かないタイプだしな。」
「では、ずっとグラス様が立案・実行・フォローを?」
「そうだ。俺が海賊船の船長になった十年前から、ずっと。」
「十年前に?」
思わず聞き返すと、グラス様はしまったと言うかのように顔を強張らせた。でも、待って。確かグラス様って十九だったはず・・・。
「十年前って、まさか九つの時から?」
「・・・ああ。そうなる。」
それは異常だろう。何があったら・・・まだ九つの男の子が、海賊船の船長になるという事態になるのか。海賊になったのは十年前でも、船長になったのはもっと後の事なのだろうと思っていたのだが。
(まさか・・・まさか)
でも、十年前と言えばあの事件が起きた年だ。大好きな先生が奥様とともに毒殺され、言われのない罪を着せられて爵位を剥奪された、あの事件。先生が爵位を剥奪されたから、自分の婚約者だった先生の御子息は、彼の妹もろとも行方不明になった。だから、軍の仕事の傍ら、十年間・・・ずっと行方を探していた。
「差し出がましい事は承知の上でお聞きします。十年前に何があったのですか? よほどの事がないと・・・そんな必要には迫られないはずです。教えてもらえませんか?」
はやる心臓を手で抑えつけながら、今までに感じた事のない高揚を言葉にのせて逃がしながら、懇願した。だって、目の前のこの方は、あの肖像画の彼に良く似ているのだ。良く似ていたから、最初にグラス様を見た時に・・・驚いて、目が離せなかったのだ。
(もしかして、目の前のこの方は・・・)
そう思って、気が急いて、グラス様に一歩近づいた。すると、また・・・前のように、上から強い力で体を抱きこまれてしまった。これ以上は何も言わせないとでもいうかのような、きつい抱擁。
(また・・・さっきの方法で誤魔化そうとしているのかしら)
こればかりは誤魔化されたくない。きちんと・・・彼の言葉で言ってほしい。たとえ、話せないのだという言葉でも。
前のように呼び掛けたらまた口を塞がれてしまうかもしれない、そうする事で彼はわたくしが欲しいと思っている言葉を飲み込んでしまうかもしれない・・・そう思ったので、何も言わずにいる事にした。
彼が行動を起こすまで、じっと抱きしめられたまま動かないでいる事数分。おもむろにグラス様が口を開いた。
「・・・伝えるべき話である事は分かっているんだ。」
「はい。」
「でも、十年前の出来事は・・・未だに自分の中でも過去の事に出来ていない。今までにも、何度も悪夢を見て飛び起きる事があった。」
「・・・はい。」
「あの時の記憶が鮮明すぎて、あの時の自分の感情が鮮明すぎて、どう言葉にしたらいいのか、十年たった今でもまだ分からないんだ。自分の中で、あの事件は未だに上手く整理しきれていない。」
「・・・それだけの事が、あったのですね。」
「それだけの、まさに・・・自分の世界が一変する出来事だったんだ。」
「でしたら、無理に話せとは言いません。貴方が話せると思った時に、貴方の言葉で教えて下さいませ。」
今はそれで十分だ。 『何か事情がある』という事実だけでも知っているのと、全く何も知らないのとでは雲泥の差だろう。
「・・・分かった。約束する。」
絞り出すような声が、頭の上から降ってきた。
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