連載(13)
- 2015/07/13
- 04:00
なんとかテスト前には上げたいと思っていたので、間に合ってよかったです。これで第二章はおしまいです。次の更新からは第三章開始ですが・・・そちらはテスト後に(つまり来月に)なりそうです。『三回目』の四章残りもそんな感じだと思います。
がっくんの誕生祭ミニ小説&簡単なイラストは七月中に上げたいと思っております。誕生日はリアルタイムじゃないとアレですしね。なので、明日(今日?)からは期末テスト勉強と誕生祭準備を頑張りたいと思います。
それでは追記からどうぞ(^◇^)
『海賊将校と運命の花嫁』 作:吉川ひびき
第二章 貴方とともに(5)
「ほら、買えたぞ。」
「ありがとうございます!」
屋台には行列が出来ていたので、サンドイッチはグラス様がお一人で買いにいってくれていた。本当はわたくしも列に並んでみたかったのだけれど・・・人が多い所では正体がばれる恐れがあるからと言って、グラス様は許してくれなかった。
「ちゃんとアトゥンのがあったから、それにしておいたぞ。」
「ありがとうございます。わあ、おいしそう!」
「飲み物は紅茶にしたぞ・・・町の人間が飲む様な安いやつだがな。」
「紅茶は淹れ方が肝心ですもの。茶葉の種類に合っている淹れ方をしていれば、どんな茶葉でも美味しいものですわ。」
「そう言ってくれるとありがたいな。」
笑いながらおっしゃったグラス様が隣に並んで座る。さっそく、二人ともサンドイッチにかじりついた。
「・・・美味しいっ!」
ふっくらと焼かれたパンに塗られているバターの香りが食欲をそそる。挟んであるアトゥンは、オイルで茹でた後に身をほぐして卵のソースと和えているらしい。
「グラス様、ありがとうございます! 本当に美味しいですわ!!」
隣で野菜サンドイッチをほおばっているグラス様にお礼を言った。口をもぐもぐと動かしながら、グラス様は目線だけで微笑む。
「この卵ソース、通常のものに何か加えているみたいだけれど・・・何かしら? チーズ?バター? いえ、バターはパンの方に塗られているわけだし・・・。」
ソースの味が気になってぶつぶつと呟いていると、まとめていた髪がはらりと解けてしまったらしい。グラス様の手がこちらに伸びて、解けた髪が自分の耳に掛けられた。
「・・・もったいないな。」
ぼそりと呟かれた一言の真意が分からず、先ほどの髪束の先を弄んでいるグラス様のお顔を覗き込んだ。
「何がですの?」
そう尋ねるとグラス様は・・・ゆっくり髪を持ち上げた。そして、目を伏せてそれに口付る。まるで愛しむ様なその行為に、表情に、心臓がどくんと跳ねた。
「こんなに綺麗な髪を、仕方ないとは言え・・・纏め髪にしてしまうのはもったいないと思ってな。今日はフードをかぶるために編み込んであるんだろう?」
「はい。今日はエリーさんが手伝って下さいました。」
「そうか。でも・・・せっかくのこの天気だ。全て解いて陽に当てたら、陽の光を反射して・・・さぞかし綺麗に輝くのだろうな。」
毛先を陽に透かしながら、目を細めて言葉を紡ぐグラス様。わたくしはその言葉を・・・何とも複雑な気持ちで聞いていた。
「グラス様の御髪も綺麗ですよ。手触りもいいですし・・・触れていると気持ちがいいです。」
「いや、お前には負けるよ。お前は・・・髪に限らず、全てが良い手触りだもんな。俺もお前に触れていると気持ちがいいぞ。」
最後の方はにやりと笑って、指でうなじを撫でながらおっしゃったグラス様。その様子から・・・グラス様の意図している事が分かってしまって、自分の顔が一気に朱に染まる。
「グラス様!! このような場所で言う事ではありませんわよ!」
「何で? 褒めているんだぞ?」
「褒め言葉にも時と場合がございますわ! また拳を叩きこまれたいの!?」
真っ赤になって慌てている自分とは対照に、余裕顔のグラス様。その前でぐっと拳を作ってみせると、降参だとでも言うようにグラス様はひらひらと掌を振った。
「すさまじい威力だったからな・・・二度目は遠慮しておこう。」
「分かって下さればいいのですわ。もう・・・。」
共にいるようになって二週間。未だにグラス様の艶めいた言動や表情には・・・慣れる事が出来なかった。
***
「でも、殿方で御髪を伸ばしている方って、あまり見かけませんわよね。」
「そういえば・・・そうだな。」
「なぜグラス様は伸ばしてらっしゃるのですか?」
そう尋ねると、グラス様はうーむ・・・と唸りながら答えて下さった。
「理由を尋ねられると困るな。特に意識した事はないし、昔からこうだったし。」
「・・・小さい頃から長かったのですか?」
「ああ。だから、今みたいに一つに結ってたな。その髪をルージュに引っ張られて大変な目にあう事も多かったのに、切ろうとは思わなかったんだから・・・考えてみれば不思議なもんだな。」
昔を思い出したのか、しみじみとした雰囲気でそう言うグラス様。すると、俯いたグラス様のお顔にぱさりと髪がかかった。今度はわたくしが耳に掛けてあげると、グラス様はありがとなと言って笑いかけて下さった。
正直な所、今までは・・・殿方の長髪って野暮ったくて不潔な感じがするから、あまり好きではなかったのだけれど。
(・・・似合う人は似合うのね。人によりけりなんだわ)
何事も決めてかかってはいけないものなのだろう。以前メリア姉さまがばっさりと御髪を切るとおっしゃった時、周りの皆は必死に止めたけれど・・・いざ切られてみると随分お似合いで、皆で驚いたものだった。
「ルージュさんはお転婆な所があったのですね。普段はしっかりしていらっしゃるから、あまりそんな感じはしないのですけれど。」
「はは・・・まぁ、よく突っ走る兄を叱りつけるような真面目な妹だしな。」
「そうですわね。」
この二週間、何度『兄さん!』とルージュさんがグラス様を叱る声を聞いたことか。わたくしの髪に櫛を入れながら、どっちが年上だか分からないとルージュさんがため息をついていた。
「わたくしは・・・姉さまの背に隠れてばかりでしたけれどね。周りの視線から逃れるように、メリア姉さまの後ろにくっついていて・・・。」
そう言うと、グラス様が驚いたような表情になった。
「意外だな。名代なんてやってるから・・・昔から物怖じしない方なのだと思っていたが。」
「それは海軍で鍛えられたのです。あの世界にいれば、そんな事は言っていられませんから。」
「・・・そうか。」
「もしかしたら・・・臆病で姉の背に隠れてばかりのわたくしを心配して、お父様はわたくしが学ぶのを許して下さったのかもしれません。」
ぽつりと呟くと、不意にぎゅっと肩を抱かれた。そのまま引き寄せられたので、逆らうことなくグラス様にもたれかかる。
「それが功を奏したんだから良かったじゃないか。お前の親父も、良い補佐役が出来て喜んでいるのだろうな。」
もう片方の手で頬を撫でられ、グラス様の方に顔を向けられた。慈しむ様な深い薄群青の瞳が、わたくしの顔を映している。
グラス様と見つめ合っていると、何だか泣きそうになってしまって・・・自分から彼の口を塞いだ。唇に触れる熱が、せめぎ合う負の感情を解かしていく。
暫く触れ合わせてから顔を離すと、目の前のグラス様のお顔は真っ赤に染まっていた。口元を押さえながら、見開かれた目がこちらに向けられる。動揺しているグラス様を見ていると、少しだけ可笑しな気分になった。
(ご自分からはよくなさるのにね)
わたくしからされると照れてしまうらしい。それなら、これからも時々してみようか・・・などと考えて、自分の口元に笑みが広がったのが分かった。
「お父様やお母様は喜んでいてくれておりますが、親戚の中には・・・本家の人間のくせにと言うものもいるのです。本家の・・・公爵令嬢なのだから、それに見合ったふさわしい淑女でいるべきだろうと。海軍兵や文官の中にも、女だてらに軍に関わるなど淑女のする事ではない、という言葉をすれ違いざまに投げかける者もおりました。」
その時の事を思い出してしまって、思わず顔を伏せてしまった。そう言われているというのは、暗に・・・『お前は正統な公爵令嬢じゃないのだ』『やっぱり下賤な者の血を引いているのだろう』と言われているのだと、気付いていたから。今は・・・間違いなく自分は両親の子供なのだと分かっているが、小さい頃に向けられた辛辣な言葉の傷はそう簡単に癒えるものではない。
肩を抱く腕に力がこもった。耳元にグラス様の吐息が触れて、背筋がぞくりと震える。
「・・・それなら、そいつらの目が節穴だったんだろう。お前の親父の方が先見の明があったんだ。」
はじかれるように顔をあげた。視線の先のグラス様は、もういつも通りの表情に戻っていた。
「そもそも、女は政治や軍に関わるなと言うのが時代遅れなんだ。役に立たないで威張り散らしておきながら、いざという時にはしっぽを丸めて逃げるような男よりも・・・取り柄のある肝の据わった女の方が、よっぽど世の役に立つというものだ。」
「グラス様・・・。」
「だいたい、海軍は慢性的な人手不足なのだろう? それなら、やる気のある女たちを雇ってそれぞれに適切な仕事を振り分ければ、一気に人手不足は解消されるだろうにな。女でも戦える奴は戦えば良いし、男でもデスクワークの方が得意なやつはそっちをすればいいし。『男は外で働く、女は家で働く、それが適材適所だ。』なんて馬鹿げている。そんな適材適所はおかしいと前々から思っているのだがな・・・この世界は相変わらずだ。」
ふんと鼻を鳴らしながら、少し怒ったような声音でグラス様はおっしゃった。
「だから、お前が軍の中で働いているのはとても意義のある事だ。お前のその姿が、きっと色々な人間に勇気を与えている。人の希望になれる女は、それだけで立派な淑女足りえるよ。お前は・・・立派な公爵令嬢だと、俺はそう思う。」
(どうして、この人は・・・)
いつもいつも、自分と変わらない考えを持っているのだろう。自分の欲しい言葉を、欲しいと思うタイミングでくれるのだろう。
(気が合う・・・どころではないわね。そっくり同じ考えなのだもの)
適材適所の言葉に対して、以前自分も同じ事を父に話した事がある。男に生まれていれば海軍として戦えたのに、と泣いている武器商人の女の子を慰めた事がある。自分が病気がちだから、妻は『私が頑張る』と言って外で働いてくれているが、その所為で辛い思いをしているのが申し訳ないという男性に会った事がある。
そんな人々と話す度に、自分がやらなければならないと思うようになった。比較的権力を持つ立場であるからこそ、自分が先駆者にならなくてはいけないのだと。
だから、辛くても陰口をたたかれても、今まで弱音を吐かずに海軍の中で戦ってきた。
「・・・ありがとうございます。」
今までの苦労が、全て報われたような気がした。
(続)
がっくんの誕生祭ミニ小説&簡単なイラストは七月中に上げたいと思っております。誕生日はリアルタイムじゃないとアレですしね。なので、明日(今日?)からは期末テスト勉強と誕生祭準備を頑張りたいと思います。
それでは追記からどうぞ(^◇^)
『海賊将校と運命の花嫁』 作:吉川ひびき
第二章 貴方とともに(5)
「ほら、買えたぞ。」
「ありがとうございます!」
屋台には行列が出来ていたので、サンドイッチはグラス様がお一人で買いにいってくれていた。本当はわたくしも列に並んでみたかったのだけれど・・・人が多い所では正体がばれる恐れがあるからと言って、グラス様は許してくれなかった。
「ちゃんとアトゥンのがあったから、それにしておいたぞ。」
「ありがとうございます。わあ、おいしそう!」
「飲み物は紅茶にしたぞ・・・町の人間が飲む様な安いやつだがな。」
「紅茶は淹れ方が肝心ですもの。茶葉の種類に合っている淹れ方をしていれば、どんな茶葉でも美味しいものですわ。」
「そう言ってくれるとありがたいな。」
笑いながらおっしゃったグラス様が隣に並んで座る。さっそく、二人ともサンドイッチにかじりついた。
「・・・美味しいっ!」
ふっくらと焼かれたパンに塗られているバターの香りが食欲をそそる。挟んであるアトゥンは、オイルで茹でた後に身をほぐして卵のソースと和えているらしい。
「グラス様、ありがとうございます! 本当に美味しいですわ!!」
隣で野菜サンドイッチをほおばっているグラス様にお礼を言った。口をもぐもぐと動かしながら、グラス様は目線だけで微笑む。
「この卵ソース、通常のものに何か加えているみたいだけれど・・・何かしら? チーズ?バター? いえ、バターはパンの方に塗られているわけだし・・・。」
ソースの味が気になってぶつぶつと呟いていると、まとめていた髪がはらりと解けてしまったらしい。グラス様の手がこちらに伸びて、解けた髪が自分の耳に掛けられた。
「・・・もったいないな。」
ぼそりと呟かれた一言の真意が分からず、先ほどの髪束の先を弄んでいるグラス様のお顔を覗き込んだ。
「何がですの?」
そう尋ねるとグラス様は・・・ゆっくり髪を持ち上げた。そして、目を伏せてそれに口付る。まるで愛しむ様なその行為に、表情に、心臓がどくんと跳ねた。
「こんなに綺麗な髪を、仕方ないとは言え・・・纏め髪にしてしまうのはもったいないと思ってな。今日はフードをかぶるために編み込んであるんだろう?」
「はい。今日はエリーさんが手伝って下さいました。」
「そうか。でも・・・せっかくのこの天気だ。全て解いて陽に当てたら、陽の光を反射して・・・さぞかし綺麗に輝くのだろうな。」
毛先を陽に透かしながら、目を細めて言葉を紡ぐグラス様。わたくしはその言葉を・・・何とも複雑な気持ちで聞いていた。
「グラス様の御髪も綺麗ですよ。手触りもいいですし・・・触れていると気持ちがいいです。」
「いや、お前には負けるよ。お前は・・・髪に限らず、全てが良い手触りだもんな。俺もお前に触れていると気持ちがいいぞ。」
最後の方はにやりと笑って、指でうなじを撫でながらおっしゃったグラス様。その様子から・・・グラス様の意図している事が分かってしまって、自分の顔が一気に朱に染まる。
「グラス様!! このような場所で言う事ではありませんわよ!」
「何で? 褒めているんだぞ?」
「褒め言葉にも時と場合がございますわ! また拳を叩きこまれたいの!?」
真っ赤になって慌てている自分とは対照に、余裕顔のグラス様。その前でぐっと拳を作ってみせると、降参だとでも言うようにグラス様はひらひらと掌を振った。
「すさまじい威力だったからな・・・二度目は遠慮しておこう。」
「分かって下さればいいのですわ。もう・・・。」
共にいるようになって二週間。未だにグラス様の艶めいた言動や表情には・・・慣れる事が出来なかった。
***
「でも、殿方で御髪を伸ばしている方って、あまり見かけませんわよね。」
「そういえば・・・そうだな。」
「なぜグラス様は伸ばしてらっしゃるのですか?」
そう尋ねると、グラス様はうーむ・・・と唸りながら答えて下さった。
「理由を尋ねられると困るな。特に意識した事はないし、昔からこうだったし。」
「・・・小さい頃から長かったのですか?」
「ああ。だから、今みたいに一つに結ってたな。その髪をルージュに引っ張られて大変な目にあう事も多かったのに、切ろうとは思わなかったんだから・・・考えてみれば不思議なもんだな。」
昔を思い出したのか、しみじみとした雰囲気でそう言うグラス様。すると、俯いたグラス様のお顔にぱさりと髪がかかった。今度はわたくしが耳に掛けてあげると、グラス様はありがとなと言って笑いかけて下さった。
正直な所、今までは・・・殿方の長髪って野暮ったくて不潔な感じがするから、あまり好きではなかったのだけれど。
(・・・似合う人は似合うのね。人によりけりなんだわ)
何事も決めてかかってはいけないものなのだろう。以前メリア姉さまがばっさりと御髪を切るとおっしゃった時、周りの皆は必死に止めたけれど・・・いざ切られてみると随分お似合いで、皆で驚いたものだった。
「ルージュさんはお転婆な所があったのですね。普段はしっかりしていらっしゃるから、あまりそんな感じはしないのですけれど。」
「はは・・・まぁ、よく突っ走る兄を叱りつけるような真面目な妹だしな。」
「そうですわね。」
この二週間、何度『兄さん!』とルージュさんがグラス様を叱る声を聞いたことか。わたくしの髪に櫛を入れながら、どっちが年上だか分からないとルージュさんがため息をついていた。
「わたくしは・・・姉さまの背に隠れてばかりでしたけれどね。周りの視線から逃れるように、メリア姉さまの後ろにくっついていて・・・。」
そう言うと、グラス様が驚いたような表情になった。
「意外だな。名代なんてやってるから・・・昔から物怖じしない方なのだと思っていたが。」
「それは海軍で鍛えられたのです。あの世界にいれば、そんな事は言っていられませんから。」
「・・・そうか。」
「もしかしたら・・・臆病で姉の背に隠れてばかりのわたくしを心配して、お父様はわたくしが学ぶのを許して下さったのかもしれません。」
ぽつりと呟くと、不意にぎゅっと肩を抱かれた。そのまま引き寄せられたので、逆らうことなくグラス様にもたれかかる。
「それが功を奏したんだから良かったじゃないか。お前の親父も、良い補佐役が出来て喜んでいるのだろうな。」
もう片方の手で頬を撫でられ、グラス様の方に顔を向けられた。慈しむ様な深い薄群青の瞳が、わたくしの顔を映している。
グラス様と見つめ合っていると、何だか泣きそうになってしまって・・・自分から彼の口を塞いだ。唇に触れる熱が、せめぎ合う負の感情を解かしていく。
暫く触れ合わせてから顔を離すと、目の前のグラス様のお顔は真っ赤に染まっていた。口元を押さえながら、見開かれた目がこちらに向けられる。動揺しているグラス様を見ていると、少しだけ可笑しな気分になった。
(ご自分からはよくなさるのにね)
わたくしからされると照れてしまうらしい。それなら、これからも時々してみようか・・・などと考えて、自分の口元に笑みが広がったのが分かった。
「お父様やお母様は喜んでいてくれておりますが、親戚の中には・・・本家の人間のくせにと言うものもいるのです。本家の・・・公爵令嬢なのだから、それに見合ったふさわしい淑女でいるべきだろうと。海軍兵や文官の中にも、女だてらに軍に関わるなど淑女のする事ではない、という言葉をすれ違いざまに投げかける者もおりました。」
その時の事を思い出してしまって、思わず顔を伏せてしまった。そう言われているというのは、暗に・・・『お前は正統な公爵令嬢じゃないのだ』『やっぱり下賤な者の血を引いているのだろう』と言われているのだと、気付いていたから。今は・・・間違いなく自分は両親の子供なのだと分かっているが、小さい頃に向けられた辛辣な言葉の傷はそう簡単に癒えるものではない。
肩を抱く腕に力がこもった。耳元にグラス様の吐息が触れて、背筋がぞくりと震える。
「・・・それなら、そいつらの目が節穴だったんだろう。お前の親父の方が先見の明があったんだ。」
はじかれるように顔をあげた。視線の先のグラス様は、もういつも通りの表情に戻っていた。
「そもそも、女は政治や軍に関わるなと言うのが時代遅れなんだ。役に立たないで威張り散らしておきながら、いざという時にはしっぽを丸めて逃げるような男よりも・・・取り柄のある肝の据わった女の方が、よっぽど世の役に立つというものだ。」
「グラス様・・・。」
「だいたい、海軍は慢性的な人手不足なのだろう? それなら、やる気のある女たちを雇ってそれぞれに適切な仕事を振り分ければ、一気に人手不足は解消されるだろうにな。女でも戦える奴は戦えば良いし、男でもデスクワークの方が得意なやつはそっちをすればいいし。『男は外で働く、女は家で働く、それが適材適所だ。』なんて馬鹿げている。そんな適材適所はおかしいと前々から思っているのだがな・・・この世界は相変わらずだ。」
ふんと鼻を鳴らしながら、少し怒ったような声音でグラス様はおっしゃった。
「だから、お前が軍の中で働いているのはとても意義のある事だ。お前のその姿が、きっと色々な人間に勇気を与えている。人の希望になれる女は、それだけで立派な淑女足りえるよ。お前は・・・立派な公爵令嬢だと、俺はそう思う。」
(どうして、この人は・・・)
いつもいつも、自分と変わらない考えを持っているのだろう。自分の欲しい言葉を、欲しいと思うタイミングでくれるのだろう。
(気が合う・・・どころではないわね。そっくり同じ考えなのだもの)
適材適所の言葉に対して、以前自分も同じ事を父に話した事がある。男に生まれていれば海軍として戦えたのに、と泣いている武器商人の女の子を慰めた事がある。自分が病気がちだから、妻は『私が頑張る』と言って外で働いてくれているが、その所為で辛い思いをしているのが申し訳ないという男性に会った事がある。
そんな人々と話す度に、自分がやらなければならないと思うようになった。比較的権力を持つ立場であるからこそ、自分が先駆者にならなくてはいけないのだと。
だから、辛くても陰口をたたかれても、今まで弱音を吐かずに海軍の中で戦ってきた。
「・・・ありがとうございます。」
今までの苦労が、全て報われたような気がした。
(続)
- テーマ:二次創作:小説
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:海賊将校と運命の花嫁(がくルカ長編)
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