連載(14)
- 2015/08/10
- 00:47
お待たせ(?)いたしましたーー!! 第三章始動です! のっけからアレなシーンがありますけども(・∀・;)
グラス様の過去がちょっとだけ垣間見えます。表現的にはぬるいんですけど(たぶん)、血が噴きでたとか人が剣でとか、そういうのが苦手な方は少しだけご注意くださいませ。
それでは、追記からどうぞ(^◇^)
『海賊将校と運命の花嫁』 作:吉川ひびき
第三章 タイトル そして運命が動き出す (1)
(父上の用事って何だろう)
そんな事を考えながら、父の部屋につながる廊下を歩いていった。
『大事な話があるから、夕飯の後に私の書斎に来なさい。』
数日前に久方ぶりに会った父が、夕食の時にそんな事を言い出したのだ。
『お前を叱るとかそういう話ではないから心配しなくてもいい、むしろ・・・喜んでもらえると思うぞ。』
ともおっしゃっていた。話の内容には心当たりが全くないのだが、まあ聞けば分かるのだから気にしなくても良いだろう。
程なくして、父の部屋の前に着いた。いつも通り扉をノックをしようとしたのだが、何故か・・・妙な胸騒ぎに襲われた。
(・・・?)
部屋の中から、まるで人の気配がしなかったのだ。部屋の中には、自分の到着を待っている父がいるはずなのに。
「父上、グラスです。」
そう言って扉をノックする。しかし、返事は無い。
「父上? グラスです!」
先ほどよりも声を張り上げて問いかけるも、相変わらず返事は無かった。
(・・・変だな)
普段の父なら、自室に人を呼びつけておいて部屋からいなくなる・・・なんてないのに。どうしても席を外さなくてはならなくなった
場合は、使用人の誰かに事付けておいてくれるのに。
「入りますよ?」
部屋の鍵は掛かってなかったので、ドアノブを回して部屋に入った・・・が。
「わっ・・・真っ暗!?」
月が雲に隠れたのか、灯りをつけなければほとんど何も見る事が出来ないくらい、部屋の中は真っ暗だった。一応目を凝らしてはみたけれど、やはり父の姿らしき影は見えない。父は部屋の中にいないようだ。
「人を呼んでおいて自分はいないなんて・・・全く。」
そう一人ごちながら部屋を出ようとした、その時。部屋の隅から何かの気配がした。
「・・・何?」
ざわざわと不安感が胸に押し寄せる。でも、好奇心の方が勝って・・・気配の方に近付いていった。
慎重に歩を進めていると、何かが足にぶつかった。何だろうと思って、確認するために・・・床にかがみこんだ。
「・・・・・・え?」
まさか。あり得ない。そうだ、きっと・・・夕飯を食べて眠くなって、今は夢の中なんだ。きっと、目が覚めたら自分の部屋のベッドの上にいるんだ、そうだ。
だって、あり得ない・・・・・・父上が床に倒れているなんて、あり得ない!!!
慌てて踵を返し、部屋から出ようとした。その瞬間、雲か切れたのか・・・月明かりが部屋の中を照らしだす。
いま振り返れば、さっきの光景が現実になってしまうかもしれない。今の光景を、現実にしたくなかったら、振り返ってはいけない・・・いけない!
頭の中ではそう警鐘が鳴っているけれど、自分の首が・・・それとは裏腹に、ぎりりと回って、振り返って、しまった。
「・・・ひっ!!」
自分の体から、顔から、一気に血の気が引いていった。
「嘘でしょ、父上・・・。」
何で、父上が倒れているんだ? あの父上だぞ? 海軍大将を、大将になる前から支えていて、その右腕として数々の武功を共にあげてきた、海賊や国境を荒らす荒くれどもを、剣一本で全て倒してきた、あの父上が!?
「父上っ!?」
思わず駆け寄って、その体を揺さぶった。しかし・・・父上が目を覚ます気配は、無かった。
「父上、父上!!」
起きて、起きて! 必死に呼びかけるけれど、相変わらず反応は無い。まさかと思って、以前教えてもらった通りに脈をとってみる。しかし、いくら首筋に手を当てても、あちこちで試しても・・・脈が、触れなかった。
「・・・そうだ、誰かに・・・義母さまに、知らせなきゃ。」
誰かにこの事を知らせないと。そう思った時に一番に思い出したのは・・・勉強時間は厳しいけれど、普段はとても優しくて、困った時にはいつも助けてくれる義母だった。
義母が普段使っている部屋に行こうとして、転がるように部屋を出た。そして、さしかかった角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。
「ああん? 何だよ。」
目の前にいたのは、見知らぬ大男。最近使用人を雇ったという話は聞いてないし、そもそも目の前の男は全身黒ずくめの格好をしていたので、すぐに屋敷のものではないと分かった。
「誰だよ、お前!」
恐怖よりも戸惑いや怒りの方が勝っていた。一体、この屋敷の中で何が起こっているって言うんだ! 何で父上が死んでいるんだ!?
「あ? 口のきき方のなってねぇガキだな。」
そう吐き捨てた男は、いきなり腕を振り上げた。その手に短剣が握られていて、それを自分めがけてふりおろそうとしているのは見えたが、体格に反して男の動きは俊敏だった。
(まずい!)
いきなりの事に体がついていかず、呆然と立ち尽くしていると・・・何かの影が目の前を横切った。
「グラス、大丈夫!?」
「義母さま!」
俺の目の前に現れたのは、得物を携えた義母だった。間一髪の所で、義母が振り下ろされた短剣からかばってくれたのだ。
「こいつは私が相手をするから、グラスはトイと一緒に屋敷から逃げなさい!」
男の振り下ろす短剣を自身の得物で捌きながら、義母は俺に背を向けたままで叫んだ。
「グラス、早く!」
義母がそう叫んだ瞬間、金属製の根と短剣がぶつかる音がひと際大きく響いた。キイイイィィィンとうるさいくらいになる音が、状況が差し迫っている事を物語っている、が。
「何で逃げないといけないんですか!? いったい、屋敷の中で何が起こっているんですか!?」
「・・・何者かの襲撃にあっているの。」
「誰の!?」
「それを・・・これから聞き出す所よ。」
男と間合いを取りつつ、義母は答えてくれた。すると、パタパタと誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
「奥様! グラス様も、こちらにいらしたのですね!」
「トイ!」
後ろの方からやってきたのは、見慣れた小姓のトイだった。緊迫した状況の中で、兄のような存在であるトイの顔を見る事が出来て、少しだけ安心する。
「トイ、ルージュは?」
「エリーがついています。こちらを気にしているようでしたが、ルージュ様を連れ出すよう言って、先に屋敷から逃がしました。」
「そう、ありがとう。」
義母の顔に少しだけ安堵の色が映った。
「それならトイ、貴方はグラスを連れてここから逃げなさい。」
「奥様は・・・。」
「私はこいつらの相手をするから。貴方の足なら・・・グラス一人連れてても、逃げ切れるでしょ?」
「・・・分かりました。」
そう答えたトイは、ひょいっと俺を抱きあげた。
「グラス様、舌をかまないように注意していて下さい。」
トイはそう忠告すると、そのまま義母のいる方とは反対に走っていこうとしたので・・・走り出す前に慌てて呼びかけた。
「トイ、まだ義母さまが!」
「その奥様のお達しです、逃げますよ!」
「やだ、義母さま!」
父上が倒れて、義母さままでいなくなるなんて・・・そんなの嫌だ!
必死に暴れていると、再び金属のぶつかる音が響いた。男の力が強いらしく、だんだん義母が劣勢になっている。
「トイ、早く! 早くグラスを・・・っ!!」
焦りの混じった義母の声。その声を聞いて俺の動きが止まったのを良い事に、トイは一気に駆けだした。
「義母さま!」
義母の背が遠ざかっていく。慣れ親しんだ、母の背が。
「・・・!?」
遠い目の前で真っ赤な血しぶきがあがった。いきなり別の方向から現れた男に、義母が背から切りつけられたのだ。
膝からゆっくりと崩れ落ちる義母の顔が、こちらに向けられた。
「グラス、私の、可愛い息子。どうか・・・幸せに。」
口の動きが、そう告げているような、気がした。
「嫌だ、母さま、母さまーー!!」
俺の声が、闇に消えていった。
***
「・・・様。グラス様!」
遠い場所から声が聞こえる。誰かが、自分を呼ぶ声が。耳触りの良い、優しい、慕わしい・・・声が。
「グラス様、どうなさったのですか? 随分うなされておいでのようでしたけれど・・・。」
瞼を開くと、ルカリアが俺の顔を覗き込んでいるところだった。ゆっくりと体を起こして、心配顔のルカリアに目を向ける。
「・・・夢を、見ていた。」
「夢? うなされてしまうような・・・?」
「・・・ああ。」
「まさか・・・例の。」
「・・・ああ。」
この夢を、十年前の事件を・・・夢に見るのも久しぶりの事ではないだろうか。ここ最近は、めっきり見る頻度が少なくなっていた。隣に誰かがいてくれるという安心感があったから、というのもあるのかもしれない。
ふいに、額に柔らかい布が押し当てられた。寝る前にベッドサイドの机の上に置いていた手巾で、ルカリアが額をぬぐってくれているらしい。確かに・・・額はもちろん、背の方まで汗をびっしょりかいていた。
「グラス様・・・申し訳ありません。」
「何が?」
ルカリアが謝らなければならない事は、何一つないだろう。むしろ、心配させてしまった俺の方が詫びないといけないのに。
そう伝えたが、ルカリアはかぶりを振った。そして、言葉を続けていく。
「わたくしのせいですわ。わたくしが、過去の事を思い出させるような、考えさせるような事を言ってしまったから・・・だから、再び夢に見たのかもしれません。」
責任を感じているのか、俯いてしまったルカリアを抱き寄せた。芳香のする柔らかな体を抱き締めるだけで、感じていた恐怖や悲しみが薄れていく。
「気にするな。むしろ・・・忘れたらいけない事なんだ。両親の嫌疑を晴らす、それが・・・俺が海賊になった根幹なのだから。」
そう言ってルカリアの顔を覗き込む。彼女の方が・・・今にも泣きださんばかりの顔をしていた。
そんなルカリアの頭を引き寄せ、唇に口付けた。んっ・・・と声を漏らしながら俺を受け止める彼女を、更にきつく抱き寄せる。
「お前が傍にいてくれるなら、俺とともにいてくれるなら・・・大丈夫だ。」
祈るように、縋るように、耳元で囁いた。
「・・・それなら、大丈夫ですわ。」
彼女も耳元で囁いた。顔をあげてルカリアの方を見ると・・・彼女は、慈愛に満ちた柔らかな表情を浮かべていた。
「ここにいます。ずっと・・・グラス様のお傍におりますわ。」
だから、安心して下さいませ。
そう言って、ルカリアはにっこりと微笑んだ。
(続)
グラス様の過去がちょっとだけ垣間見えます。表現的にはぬるいんですけど(たぶん)、血が噴きでたとか人が剣でとか、そういうのが苦手な方は少しだけご注意くださいませ。
それでは、追記からどうぞ(^◇^)
『海賊将校と運命の花嫁』 作:吉川ひびき
第三章 タイトル そして運命が動き出す (1)
(父上の用事って何だろう)
そんな事を考えながら、父の部屋につながる廊下を歩いていった。
『大事な話があるから、夕飯の後に私の書斎に来なさい。』
数日前に久方ぶりに会った父が、夕食の時にそんな事を言い出したのだ。
『お前を叱るとかそういう話ではないから心配しなくてもいい、むしろ・・・喜んでもらえると思うぞ。』
ともおっしゃっていた。話の内容には心当たりが全くないのだが、まあ聞けば分かるのだから気にしなくても良いだろう。
程なくして、父の部屋の前に着いた。いつも通り扉をノックをしようとしたのだが、何故か・・・妙な胸騒ぎに襲われた。
(・・・?)
部屋の中から、まるで人の気配がしなかったのだ。部屋の中には、自分の到着を待っている父がいるはずなのに。
「父上、グラスです。」
そう言って扉をノックする。しかし、返事は無い。
「父上? グラスです!」
先ほどよりも声を張り上げて問いかけるも、相変わらず返事は無かった。
(・・・変だな)
普段の父なら、自室に人を呼びつけておいて部屋からいなくなる・・・なんてないのに。どうしても席を外さなくてはならなくなった
場合は、使用人の誰かに事付けておいてくれるのに。
「入りますよ?」
部屋の鍵は掛かってなかったので、ドアノブを回して部屋に入った・・・が。
「わっ・・・真っ暗!?」
月が雲に隠れたのか、灯りをつけなければほとんど何も見る事が出来ないくらい、部屋の中は真っ暗だった。一応目を凝らしてはみたけれど、やはり父の姿らしき影は見えない。父は部屋の中にいないようだ。
「人を呼んでおいて自分はいないなんて・・・全く。」
そう一人ごちながら部屋を出ようとした、その時。部屋の隅から何かの気配がした。
「・・・何?」
ざわざわと不安感が胸に押し寄せる。でも、好奇心の方が勝って・・・気配の方に近付いていった。
慎重に歩を進めていると、何かが足にぶつかった。何だろうと思って、確認するために・・・床にかがみこんだ。
「・・・・・・え?」
まさか。あり得ない。そうだ、きっと・・・夕飯を食べて眠くなって、今は夢の中なんだ。きっと、目が覚めたら自分の部屋のベッドの上にいるんだ、そうだ。
だって、あり得ない・・・・・・父上が床に倒れているなんて、あり得ない!!!
慌てて踵を返し、部屋から出ようとした。その瞬間、雲か切れたのか・・・月明かりが部屋の中を照らしだす。
いま振り返れば、さっきの光景が現実になってしまうかもしれない。今の光景を、現実にしたくなかったら、振り返ってはいけない・・・いけない!
頭の中ではそう警鐘が鳴っているけれど、自分の首が・・・それとは裏腹に、ぎりりと回って、振り返って、しまった。
「・・・ひっ!!」
自分の体から、顔から、一気に血の気が引いていった。
「嘘でしょ、父上・・・。」
何で、父上が倒れているんだ? あの父上だぞ? 海軍大将を、大将になる前から支えていて、その右腕として数々の武功を共にあげてきた、海賊や国境を荒らす荒くれどもを、剣一本で全て倒してきた、あの父上が!?
「父上っ!?」
思わず駆け寄って、その体を揺さぶった。しかし・・・父上が目を覚ます気配は、無かった。
「父上、父上!!」
起きて、起きて! 必死に呼びかけるけれど、相変わらず反応は無い。まさかと思って、以前教えてもらった通りに脈をとってみる。しかし、いくら首筋に手を当てても、あちこちで試しても・・・脈が、触れなかった。
「・・・そうだ、誰かに・・・義母さまに、知らせなきゃ。」
誰かにこの事を知らせないと。そう思った時に一番に思い出したのは・・・勉強時間は厳しいけれど、普段はとても優しくて、困った時にはいつも助けてくれる義母だった。
義母が普段使っている部屋に行こうとして、転がるように部屋を出た。そして、さしかかった角を曲がった瞬間、誰かにぶつかった。
「ああん? 何だよ。」
目の前にいたのは、見知らぬ大男。最近使用人を雇ったという話は聞いてないし、そもそも目の前の男は全身黒ずくめの格好をしていたので、すぐに屋敷のものではないと分かった。
「誰だよ、お前!」
恐怖よりも戸惑いや怒りの方が勝っていた。一体、この屋敷の中で何が起こっているって言うんだ! 何で父上が死んでいるんだ!?
「あ? 口のきき方のなってねぇガキだな。」
そう吐き捨てた男は、いきなり腕を振り上げた。その手に短剣が握られていて、それを自分めがけてふりおろそうとしているのは見えたが、体格に反して男の動きは俊敏だった。
(まずい!)
いきなりの事に体がついていかず、呆然と立ち尽くしていると・・・何かの影が目の前を横切った。
「グラス、大丈夫!?」
「義母さま!」
俺の目の前に現れたのは、得物を携えた義母だった。間一髪の所で、義母が振り下ろされた短剣からかばってくれたのだ。
「こいつは私が相手をするから、グラスはトイと一緒に屋敷から逃げなさい!」
男の振り下ろす短剣を自身の得物で捌きながら、義母は俺に背を向けたままで叫んだ。
「グラス、早く!」
義母がそう叫んだ瞬間、金属製の根と短剣がぶつかる音がひと際大きく響いた。キイイイィィィンとうるさいくらいになる音が、状況が差し迫っている事を物語っている、が。
「何で逃げないといけないんですか!? いったい、屋敷の中で何が起こっているんですか!?」
「・・・何者かの襲撃にあっているの。」
「誰の!?」
「それを・・・これから聞き出す所よ。」
男と間合いを取りつつ、義母は答えてくれた。すると、パタパタと誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
「奥様! グラス様も、こちらにいらしたのですね!」
「トイ!」
後ろの方からやってきたのは、見慣れた小姓のトイだった。緊迫した状況の中で、兄のような存在であるトイの顔を見る事が出来て、少しだけ安心する。
「トイ、ルージュは?」
「エリーがついています。こちらを気にしているようでしたが、ルージュ様を連れ出すよう言って、先に屋敷から逃がしました。」
「そう、ありがとう。」
義母の顔に少しだけ安堵の色が映った。
「それならトイ、貴方はグラスを連れてここから逃げなさい。」
「奥様は・・・。」
「私はこいつらの相手をするから。貴方の足なら・・・グラス一人連れてても、逃げ切れるでしょ?」
「・・・分かりました。」
そう答えたトイは、ひょいっと俺を抱きあげた。
「グラス様、舌をかまないように注意していて下さい。」
トイはそう忠告すると、そのまま義母のいる方とは反対に走っていこうとしたので・・・走り出す前に慌てて呼びかけた。
「トイ、まだ義母さまが!」
「その奥様のお達しです、逃げますよ!」
「やだ、義母さま!」
父上が倒れて、義母さままでいなくなるなんて・・・そんなの嫌だ!
必死に暴れていると、再び金属のぶつかる音が響いた。男の力が強いらしく、だんだん義母が劣勢になっている。
「トイ、早く! 早くグラスを・・・っ!!」
焦りの混じった義母の声。その声を聞いて俺の動きが止まったのを良い事に、トイは一気に駆けだした。
「義母さま!」
義母の背が遠ざかっていく。慣れ親しんだ、母の背が。
「・・・!?」
遠い目の前で真っ赤な血しぶきがあがった。いきなり別の方向から現れた男に、義母が背から切りつけられたのだ。
膝からゆっくりと崩れ落ちる義母の顔が、こちらに向けられた。
「グラス、私の、可愛い息子。どうか・・・幸せに。」
口の動きが、そう告げているような、気がした。
「嫌だ、母さま、母さまーー!!」
俺の声が、闇に消えていった。
***
「・・・様。グラス様!」
遠い場所から声が聞こえる。誰かが、自分を呼ぶ声が。耳触りの良い、優しい、慕わしい・・・声が。
「グラス様、どうなさったのですか? 随分うなされておいでのようでしたけれど・・・。」
瞼を開くと、ルカリアが俺の顔を覗き込んでいるところだった。ゆっくりと体を起こして、心配顔のルカリアに目を向ける。
「・・・夢を、見ていた。」
「夢? うなされてしまうような・・・?」
「・・・ああ。」
「まさか・・・例の。」
「・・・ああ。」
この夢を、十年前の事件を・・・夢に見るのも久しぶりの事ではないだろうか。ここ最近は、めっきり見る頻度が少なくなっていた。隣に誰かがいてくれるという安心感があったから、というのもあるのかもしれない。
ふいに、額に柔らかい布が押し当てられた。寝る前にベッドサイドの机の上に置いていた手巾で、ルカリアが額をぬぐってくれているらしい。確かに・・・額はもちろん、背の方まで汗をびっしょりかいていた。
「グラス様・・・申し訳ありません。」
「何が?」
ルカリアが謝らなければならない事は、何一つないだろう。むしろ、心配させてしまった俺の方が詫びないといけないのに。
そう伝えたが、ルカリアはかぶりを振った。そして、言葉を続けていく。
「わたくしのせいですわ。わたくしが、過去の事を思い出させるような、考えさせるような事を言ってしまったから・・・だから、再び夢に見たのかもしれません。」
責任を感じているのか、俯いてしまったルカリアを抱き寄せた。芳香のする柔らかな体を抱き締めるだけで、感じていた恐怖や悲しみが薄れていく。
「気にするな。むしろ・・・忘れたらいけない事なんだ。両親の嫌疑を晴らす、それが・・・俺が海賊になった根幹なのだから。」
そう言ってルカリアの顔を覗き込む。彼女の方が・・・今にも泣きださんばかりの顔をしていた。
そんなルカリアの頭を引き寄せ、唇に口付けた。んっ・・・と声を漏らしながら俺を受け止める彼女を、更にきつく抱き寄せる。
「お前が傍にいてくれるなら、俺とともにいてくれるなら・・・大丈夫だ。」
祈るように、縋るように、耳元で囁いた。
「・・・それなら、大丈夫ですわ。」
彼女も耳元で囁いた。顔をあげてルカリアの方を見ると・・・彼女は、慈愛に満ちた柔らかな表情を浮かべていた。
「ここにいます。ずっと・・・グラス様のお傍におりますわ。」
だから、安心して下さいませ。
そう言って、ルカリアはにっこりと微笑んだ。
(続)
- テーマ:二次創作:小説
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:海賊将校と運命の花嫁(がくルカ長編)
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