親睦会を経て(3)
- 2015/11/08
- 11:49
いよいよラストです。こっからはベタ甘ツバカムターンですよ!!
それでは本編へどうぞ!!
***
「ツバキさん・・・大丈夫ですか? 結構飲まれてましたけど・・・。」
心配そうな顔で、寝転んだ俺の顔を覗き込むカムイ。ぼんやりとした視界の中で、やけに色鮮やかに妻の顔が映った。
「あー・・・うん。うん、大丈夫だよー。」
「でも、お顔の色が優れませんよ。ご無理をなさったのでは?」
「んー・・・まぁね・・・。」
ほらほら遠慮するな兄の酒が飲めないのかと言って盃に酒を注がれれば、その場の勢いも相まって飲む速度が速くなる。その結果、普段よりもだいぶ多い量飲んでしまったようだ。飲み過ぎて頭がふらふらするなんて、いつ以来だろうか。
「兄さまこれでもかって言うくらいツバキさんに飲ませようとするから・・・他の皆さんも一緒に止めてくれて、本当に助かりました。」
ふう、とため息をつくカムイ。同じように酔っていたカムイやサクラ様、ヒノカ様・・・タクミ様まで止め出す位、酔ったリョウマ様はすさまじかったのだ。
「でも、それだけ・・・認めて下さったという事なのでしょうか。」
「え?」
「私達の事を。兄さまは、最後まで心配していらしたから。」
「・・・まあ、普通そうだよね。王女である自分の妹が臣下に嫁ぐ、なんて・・・不安になるのも無理はないよね。」
「・・・でも、ツバキさんは立派な白夜の民で、ずっと王家とサクラのために尽力して下さっているのに。」
「働きがどうと言うよりも・・・生まれとか血筋・立場を考えれば・・・俺とカムイは十二分に身分違いなんだ。本来俺達の恋愛は、身分違いの叶わない恋だったんだよ。」
だからカムイへの想いをひた隠しにした。伝わらないように、気付かれないように、必死に押し殺した。どうせ叶わぬものだ、見込みがないなら望まないようにしないといけない、完璧に隠さないといけない。そう思っていたから。
「一応俺も上流階級の出だけど、良家っていっても王族とは比べるべくもないし。」
「・・・。」
自分としては、小さい頃からのごくごく当たり前の価値観として話したのだけれど、カムイのお気には召さなかったようだ。子供がするようにぷくっと頬を膨らませ、眉を吊り上げて抗議し始めた。
「何です皆して。王族とか上流とか村人とか、階級とか。努力している人々は等しく報われるべきであって、そういうので順位付けするなんて変な話ですよ。」
そう言い切るとともに、カムイがすくっと立ちあがった。 眉間にしわを寄せたまま、綺麗な紅緋色の瞳をこちらに向けてくる。
「そもそも、王族がとか上流階級が、とか気にし過ぎなんですよ皆さん。組織的には序列が決まっていた方がまとまりやすいかもしれませんけど、序列をつけるのは役割分担のためでしょうに。序列が上だから特別扱いしないといけない優先しないといけないとか、下だからないがしろにしていいとか、決してそんな事は無いのに、勘違いしている人が多いんです!」
「・・・役割分担?」
「はい。王族は国が存続するように皆をまとめるリーダーで、それを支える役目の人が直属の臣下。兵士の方々は国内外の安全を守る役目で、商人の方々は国を富ませるべく働くという役目。得意分野が違うからこそ役割分担が大事で、でも一つにまとまらないとやっていけない時もあるからまとめ役が必要で。それが王族になったって言うだけです。」
人差し指を立て、うろうろと部屋の中を歩き回りながら熱弁するカムイ。カムイ自身今日は普段よりも飲んでいたからか、やけに饒舌だ。まぁ、常々そう思っているからこそ流暢に持論を話せるのだろうけれど。
「・・・じゃあさ、カムイ。」
「はい。」
「カムイは俺の奥さんでしょ?」
そう尋ねると、カムイは元気よく『はい!』と返事をしてくれた。
「夫のお願い聞くのは、奥さんの役目だよね?」
「そうですね!」
「じゃあ、カムイには妻の務めを果たしてもらおうかなー。」
「・・・妻の、努め?」
きょとんとした顔で首をひねっているカムイ。おいでおいでと手招きすると、嬉しそうに顔をほころばせてパタパタと近寄ってきてくれた。
「普段よりも飲んでくらくらくるからさー。」
「はい。」
「膝を貸してほしいなって思ってー。」
「膝を、貸す・・・?」
聞き慣れない言葉だったのか、再び首をひねって考えるそぶりを見せるカムイ。膝枕の事だよと言うと『・・・あああ、そっちですか!』と返ってきたが、一体何を想像していたのだろうか。
「すみません。あちらにはそういう習慣がありませんでしたから・・・。」
そう言われて納得した。あちらの国では椅子に座るのが主流らしいから、そもそも概念がなかったのだろう。
「方法は知ってる?」
「はい!」
カムイは元気よく返事をすると、ベッドに腰掛けた。そして、ぽんぽんと自身の太ももの辺りを叩く。
「ツバキさん、どうぞ!」
にこにこ笑いながら促してくるカムイの口を、しばらく自分の口で塞いでから膝に頭をのせた。そこから見上げた顔は真っ赤に染まっていて、カムイは『何でこのタイミングで』と口を尖らせているが、そんなのしたかったからとしか言いようがない。
「んー・・・いい匂いがする。」
「あ、化粧してもらった際に匂い袋をもらったんです。」
これですよといって差しだされたのは、椿の花をあしらった小袋だ。中には赤い花びらが入っている。
「これ、中の花も・・・椿?」
「はい。匂い袋にはいくつか種類があったんですけど、やっぱりこれがいいなって。」
「・・・そっか。」
「だって椿の花ですもの。これを持っていたら、ツバキさんがいつも傍にいて下さっている感じがするなって思って。」
「・・・離すつもりなんてないけど?」
「こうやって部屋にいるときはそうですけど、戦闘となると別じゃないですか。だから、私が先陣切って突っ込む時も、持ってたら一人じゃないなって!」
いつになく素直に話してくれるカムイ。酔うと少し幼くなるのだろうか。話し方も内容も、小さい子が言うようなそれだ。
「だからね、ツバキさん。戦闘ではこの袋を貴方だと思うようにするから、部屋にいるときはこうやって一緒にいましょうね!」
どくん、と。初めてカムイと顔を合わせた時のように、心臓が跳ねた。屈託のない笑顔が眩しくて、愛おしくて。どうしようもなく彼女が好きだと、愛していると、改めて意識する。
「・・・。」
思わず目を瞑って、ため息をついた。カムイは、普段そういう言葉をあまり口にはしないから。頬を赤らめて無邪気に笑いながらそう言われるこの状況は、実に俺の理性をぐらつかせてくれる。
カムイが笑ったまま首をかしげだした。俺がいきなり黙り込んだから、不思議に思ったのだろうか。
俺は何も言葉を発しないまま起き上がった。そして、さっきまで枕にしていた部分をじっと眺める。
「? どうしましたか・・・・きゃあ!!」
ぱさり、と音がしてカムイの素肌が現れた。纏っている浴衣の裾をめくったのだから、当たり前だが。
俺はそこまで酒に弱くはないけれど、普段よりも多く飲んでいて、間近に無防備な最愛の妻がいるのだ。これでは、腹を空かせた獣の前に極上の餌を置くようなものだろう。
「ちょ、ちょっと! 何してるんで・・・・ひゃあああ! くすぐったい、くすぐったいです!」
じたばたと暴れ出したカムイの腰に腕を回して抑えつけ、晒した素肌を撫でながら唇を落とす。舌も滑らせると、カムイの肌が一気に熱を持った。
「やぁっ・・・ちょっと、ツバキさん!」
「毎晩似たような事してるんだから、今更でしょー?」
「そういう問題じゃなくて!」
「いいじゃない、別に。もう夫婦なんだし。」
「そうですけど、でも。」
「なら、問題ないね。」
そう言って勝手に話を打ち切る。むき出しの足に軽く歯を立てると、上の方から『ひゃっ!』と声が聞こえた。
「大ありです! もう、くすぐったいからやめて下さい!!」
「・・・ぐえっ!」
調子に乗って跡も残していたら、みぞおちからへその方をものすごい衝撃が襲った。俺の体はそのまま床に落ちたらしい。叩きつけられた衝撃で、体中に痛みが走った。
「痛た・・・ちょっと・・・カムイ。」
強引・・・というか、無理に迫った俺にも反省するべき所はあるだろうが、流石に今のはあんまりではなかろうか。
「もう! やめてって言ったのに!」
半泣きでこちらを睨みつけながら、カムイが叫ぶ。右足が少しこちらに出ているという事は、みぞおちの衝撃は蹴りによるものだろう。道理ですさまじい衝撃だったわけだ。
「もう私が嫌がるような事はしないって言ったのに!」
ぼろぼろと泣きながら、それでも目線はそらさずにいるカムイ。ここまで感情をあらわにしているのも、酔っているせいなのだろうか。それとも・・・本当に嫌だったのだろうか。
「・・・ごめん。」
「ツバキさんの馬鹿! 嘘つき! もう、知らない!」
一気にまくしたてると、カムイはくるりと後ろを向いてベッドの上で膝を抱えてうずくまった。軽く肩が震えているのは、泣いているからだろうか。
また傷付けてしまったのだろうか。もう、二度と傷付けないと、泣かさないと、あの朝に誓ったのに。
掛け布団の上で丸まっているカムイの方に近づいていった。俺の接近には気づかないのか、顔を上げる気配がない。
「・・・カムイ。」
「・・・。」
「・・・カムイ、ごめんね。俺が悪かった。」
「・・・。」
「ごめんね、許して。」
そう語りかけながら、後ろからぎゅっと抱きしめた。カムイは少し身じろいだが、大人しく俺の腕の中におさまっている。
「・・・・・・謝るのは私の方です。ごめんなさい・・・取り乱しました。」
俺の手をぎゅっと握りながら、カムイがぽつりと言った。口付けてくれたのだろうか、指に柔らかいものが触れる。
「ごめんなさい。旦那様に向かって、好きな人に向かって、あんな言葉を投げつけてしまうなんて・・・。」
表情は見えないけれど、落ち込んでいるのだろう。先ほどの明るさはどこへやら。沈んだ声音で、言葉が紡がれてゆく。
「それを言うなら俺もだよ。普段声を荒げる事なんて滅多にしないカムイが怒鳴った位だもの。よっぽど・・・嫌だったんでしょ?」
あの夜ですら、カムイはここまではっきりとは俺を拒絶しなかった・・・抵抗はされたけども。まぁ、襲われたのだから当然の反応ではあっただろうが。
「・・・嫌だったわけではないんです。」
「え、そうなの?」
「嫌ではなかったですよ。ツバキさんだもの。」
「なら、何で・・・?」
「・・・いきなりで恥ずかしかったの。しかも、部屋の明かりまだついてるし・・・。」
「・・・本当に? 本当はすごく嫌で、俺を嫌いになったとか・・・無い?」
おそるおそる聞いてみた。そんな不安に駆られるくらい、さっきのカムイはうろたえていたのだ。
「そんな! そんなの、無いです。絶対に無いです!!」
必死に叫びながら、カムイがこちらを向いた。目尻に涙をいっぱいにためて、潤んでいる瞳を俺に向けながら、ぎゅうとしがみついてくる。
「ツバキさんを、貴方を嫌いになるだなんてそれこそあり得ない。たとえ天地がひっくりかえるような事があっても、世界が崩れ落ちる事があろうとも、これだけは絶対に揺るがないわ。」
俺の胸に顔をうずめながら、額をすりつけるように首を振りながら、一生懸命言ってくれる。
「・・・それなら良かったよ。」
そう答えて、それだけを答えて、腕の中の彼女の華奢な体を力いっぱい抱きしめた。
「・・・俺もだよ。」
「?」
カムイがもそもそと動く気配が伝わってきたが、動きを封じるように腕を組み直した。
「カムイへのね、この想いは・・・何があっても揺らがない。」
耳元で囁いた。カムイは、微塵も動かない。
「たとえ世界中が非難しようとも、身の程知らずと罵られようとも、いずれ永遠の別れが訪れて二度と会えなくなったとしても、俺が生きている限り君を・・・貴女を愛し抜くと、今ここで誓おう。」
そこまで言ってから、少しだけ力を緩めた。頬を鮮やかな紅色に染めながら俺の方を見上げたカムイは、ただ一言『はい。』と答えながら、微笑んだ。
おまけ
「あー気持ちがいい・・・癖になりそう。」
そう言いながら、浴衣越しのカムイに頬ずりする。カムイは横座りしているので、先ほどよりも枕の位置が高い。
「・・・そんなにですか?」
上から苦笑する声が降ってくる。ふわりと頭を撫でられて、なぜか懐かしいような心地がした。
「そんなに良いなら、今度私もやってもらおうかな。」
「いいよー。そのうちやってあげる。」
「ありがとうございます。」
「でも男が下敷きにされても良いものなのかな? 女性ほどは気持ちよくないかもよ?」
「ツバキさんがしてくれるなら、いいんですよ。」
「・・・そんな可愛い事言ってたら、また酷い事しちゃうよ?」
「でも、私が本当に嫌がったらやめてくれるでしょう? ツバキさんは優しいから。」
「・・・。」
一生かかっても、到底彼女には敵う気がしない。でも、カムイになら負け続けでも構わないや、等身大の自分を見せても微笑んで受け入れてくれた、それでいて、完璧を目指して努力する俺の事も応援してくれた人なのだから・・・。
それでも、いいや。
そう考える事にすっかり抵抗もなくなって、目の前にある下ろされたカムイの亜麻色の髪を一房すくい取ると、その端にそっと口付けた。
(完)
それでは本編へどうぞ!!
***
「ツバキさん・・・大丈夫ですか? 結構飲まれてましたけど・・・。」
心配そうな顔で、寝転んだ俺の顔を覗き込むカムイ。ぼんやりとした視界の中で、やけに色鮮やかに妻の顔が映った。
「あー・・・うん。うん、大丈夫だよー。」
「でも、お顔の色が優れませんよ。ご無理をなさったのでは?」
「んー・・・まぁね・・・。」
ほらほら遠慮するな兄の酒が飲めないのかと言って盃に酒を注がれれば、その場の勢いも相まって飲む速度が速くなる。その結果、普段よりもだいぶ多い量飲んでしまったようだ。飲み過ぎて頭がふらふらするなんて、いつ以来だろうか。
「兄さまこれでもかって言うくらいツバキさんに飲ませようとするから・・・他の皆さんも一緒に止めてくれて、本当に助かりました。」
ふう、とため息をつくカムイ。同じように酔っていたカムイやサクラ様、ヒノカ様・・・タクミ様まで止め出す位、酔ったリョウマ様はすさまじかったのだ。
「でも、それだけ・・・認めて下さったという事なのでしょうか。」
「え?」
「私達の事を。兄さまは、最後まで心配していらしたから。」
「・・・まあ、普通そうだよね。王女である自分の妹が臣下に嫁ぐ、なんて・・・不安になるのも無理はないよね。」
「・・・でも、ツバキさんは立派な白夜の民で、ずっと王家とサクラのために尽力して下さっているのに。」
「働きがどうと言うよりも・・・生まれとか血筋・立場を考えれば・・・俺とカムイは十二分に身分違いなんだ。本来俺達の恋愛は、身分違いの叶わない恋だったんだよ。」
だからカムイへの想いをひた隠しにした。伝わらないように、気付かれないように、必死に押し殺した。どうせ叶わぬものだ、見込みがないなら望まないようにしないといけない、完璧に隠さないといけない。そう思っていたから。
「一応俺も上流階級の出だけど、良家っていっても王族とは比べるべくもないし。」
「・・・。」
自分としては、小さい頃からのごくごく当たり前の価値観として話したのだけれど、カムイのお気には召さなかったようだ。子供がするようにぷくっと頬を膨らませ、眉を吊り上げて抗議し始めた。
「何です皆して。王族とか上流とか村人とか、階級とか。努力している人々は等しく報われるべきであって、そういうので順位付けするなんて変な話ですよ。」
そう言い切るとともに、カムイがすくっと立ちあがった。 眉間にしわを寄せたまま、綺麗な紅緋色の瞳をこちらに向けてくる。
「そもそも、王族がとか上流階級が、とか気にし過ぎなんですよ皆さん。組織的には序列が決まっていた方がまとまりやすいかもしれませんけど、序列をつけるのは役割分担のためでしょうに。序列が上だから特別扱いしないといけない優先しないといけないとか、下だからないがしろにしていいとか、決してそんな事は無いのに、勘違いしている人が多いんです!」
「・・・役割分担?」
「はい。王族は国が存続するように皆をまとめるリーダーで、それを支える役目の人が直属の臣下。兵士の方々は国内外の安全を守る役目で、商人の方々は国を富ませるべく働くという役目。得意分野が違うからこそ役割分担が大事で、でも一つにまとまらないとやっていけない時もあるからまとめ役が必要で。それが王族になったって言うだけです。」
人差し指を立て、うろうろと部屋の中を歩き回りながら熱弁するカムイ。カムイ自身今日は普段よりも飲んでいたからか、やけに饒舌だ。まぁ、常々そう思っているからこそ流暢に持論を話せるのだろうけれど。
「・・・じゃあさ、カムイ。」
「はい。」
「カムイは俺の奥さんでしょ?」
そう尋ねると、カムイは元気よく『はい!』と返事をしてくれた。
「夫のお願い聞くのは、奥さんの役目だよね?」
「そうですね!」
「じゃあ、カムイには妻の務めを果たしてもらおうかなー。」
「・・・妻の、努め?」
きょとんとした顔で首をひねっているカムイ。おいでおいでと手招きすると、嬉しそうに顔をほころばせてパタパタと近寄ってきてくれた。
「普段よりも飲んでくらくらくるからさー。」
「はい。」
「膝を貸してほしいなって思ってー。」
「膝を、貸す・・・?」
聞き慣れない言葉だったのか、再び首をひねって考えるそぶりを見せるカムイ。膝枕の事だよと言うと『・・・あああ、そっちですか!』と返ってきたが、一体何を想像していたのだろうか。
「すみません。あちらにはそういう習慣がありませんでしたから・・・。」
そう言われて納得した。あちらの国では椅子に座るのが主流らしいから、そもそも概念がなかったのだろう。
「方法は知ってる?」
「はい!」
カムイは元気よく返事をすると、ベッドに腰掛けた。そして、ぽんぽんと自身の太ももの辺りを叩く。
「ツバキさん、どうぞ!」
にこにこ笑いながら促してくるカムイの口を、しばらく自分の口で塞いでから膝に頭をのせた。そこから見上げた顔は真っ赤に染まっていて、カムイは『何でこのタイミングで』と口を尖らせているが、そんなのしたかったからとしか言いようがない。
「んー・・・いい匂いがする。」
「あ、化粧してもらった際に匂い袋をもらったんです。」
これですよといって差しだされたのは、椿の花をあしらった小袋だ。中には赤い花びらが入っている。
「これ、中の花も・・・椿?」
「はい。匂い袋にはいくつか種類があったんですけど、やっぱりこれがいいなって。」
「・・・そっか。」
「だって椿の花ですもの。これを持っていたら、ツバキさんがいつも傍にいて下さっている感じがするなって思って。」
「・・・離すつもりなんてないけど?」
「こうやって部屋にいるときはそうですけど、戦闘となると別じゃないですか。だから、私が先陣切って突っ込む時も、持ってたら一人じゃないなって!」
いつになく素直に話してくれるカムイ。酔うと少し幼くなるのだろうか。話し方も内容も、小さい子が言うようなそれだ。
「だからね、ツバキさん。戦闘ではこの袋を貴方だと思うようにするから、部屋にいるときはこうやって一緒にいましょうね!」
どくん、と。初めてカムイと顔を合わせた時のように、心臓が跳ねた。屈託のない笑顔が眩しくて、愛おしくて。どうしようもなく彼女が好きだと、愛していると、改めて意識する。
「・・・。」
思わず目を瞑って、ため息をついた。カムイは、普段そういう言葉をあまり口にはしないから。頬を赤らめて無邪気に笑いながらそう言われるこの状況は、実に俺の理性をぐらつかせてくれる。
カムイが笑ったまま首をかしげだした。俺がいきなり黙り込んだから、不思議に思ったのだろうか。
俺は何も言葉を発しないまま起き上がった。そして、さっきまで枕にしていた部分をじっと眺める。
「? どうしましたか・・・・きゃあ!!」
ぱさり、と音がしてカムイの素肌が現れた。纏っている浴衣の裾をめくったのだから、当たり前だが。
俺はそこまで酒に弱くはないけれど、普段よりも多く飲んでいて、間近に無防備な最愛の妻がいるのだ。これでは、腹を空かせた獣の前に極上の餌を置くようなものだろう。
「ちょ、ちょっと! 何してるんで・・・・ひゃあああ! くすぐったい、くすぐったいです!」
じたばたと暴れ出したカムイの腰に腕を回して抑えつけ、晒した素肌を撫でながら唇を落とす。舌も滑らせると、カムイの肌が一気に熱を持った。
「やぁっ・・・ちょっと、ツバキさん!」
「毎晩似たような事してるんだから、今更でしょー?」
「そういう問題じゃなくて!」
「いいじゃない、別に。もう夫婦なんだし。」
「そうですけど、でも。」
「なら、問題ないね。」
そう言って勝手に話を打ち切る。むき出しの足に軽く歯を立てると、上の方から『ひゃっ!』と声が聞こえた。
「大ありです! もう、くすぐったいからやめて下さい!!」
「・・・ぐえっ!」
調子に乗って跡も残していたら、みぞおちからへその方をものすごい衝撃が襲った。俺の体はそのまま床に落ちたらしい。叩きつけられた衝撃で、体中に痛みが走った。
「痛た・・・ちょっと・・・カムイ。」
強引・・・というか、無理に迫った俺にも反省するべき所はあるだろうが、流石に今のはあんまりではなかろうか。
「もう! やめてって言ったのに!」
半泣きでこちらを睨みつけながら、カムイが叫ぶ。右足が少しこちらに出ているという事は、みぞおちの衝撃は蹴りによるものだろう。道理ですさまじい衝撃だったわけだ。
「もう私が嫌がるような事はしないって言ったのに!」
ぼろぼろと泣きながら、それでも目線はそらさずにいるカムイ。ここまで感情をあらわにしているのも、酔っているせいなのだろうか。それとも・・・本当に嫌だったのだろうか。
「・・・ごめん。」
「ツバキさんの馬鹿! 嘘つき! もう、知らない!」
一気にまくしたてると、カムイはくるりと後ろを向いてベッドの上で膝を抱えてうずくまった。軽く肩が震えているのは、泣いているからだろうか。
また傷付けてしまったのだろうか。もう、二度と傷付けないと、泣かさないと、あの朝に誓ったのに。
掛け布団の上で丸まっているカムイの方に近づいていった。俺の接近には気づかないのか、顔を上げる気配がない。
「・・・カムイ。」
「・・・。」
「・・・カムイ、ごめんね。俺が悪かった。」
「・・・。」
「ごめんね、許して。」
そう語りかけながら、後ろからぎゅっと抱きしめた。カムイは少し身じろいだが、大人しく俺の腕の中におさまっている。
「・・・・・・謝るのは私の方です。ごめんなさい・・・取り乱しました。」
俺の手をぎゅっと握りながら、カムイがぽつりと言った。口付けてくれたのだろうか、指に柔らかいものが触れる。
「ごめんなさい。旦那様に向かって、好きな人に向かって、あんな言葉を投げつけてしまうなんて・・・。」
表情は見えないけれど、落ち込んでいるのだろう。先ほどの明るさはどこへやら。沈んだ声音で、言葉が紡がれてゆく。
「それを言うなら俺もだよ。普段声を荒げる事なんて滅多にしないカムイが怒鳴った位だもの。よっぽど・・・嫌だったんでしょ?」
あの夜ですら、カムイはここまではっきりとは俺を拒絶しなかった・・・抵抗はされたけども。まぁ、襲われたのだから当然の反応ではあっただろうが。
「・・・嫌だったわけではないんです。」
「え、そうなの?」
「嫌ではなかったですよ。ツバキさんだもの。」
「なら、何で・・・?」
「・・・いきなりで恥ずかしかったの。しかも、部屋の明かりまだついてるし・・・。」
「・・・本当に? 本当はすごく嫌で、俺を嫌いになったとか・・・無い?」
おそるおそる聞いてみた。そんな不安に駆られるくらい、さっきのカムイはうろたえていたのだ。
「そんな! そんなの、無いです。絶対に無いです!!」
必死に叫びながら、カムイがこちらを向いた。目尻に涙をいっぱいにためて、潤んでいる瞳を俺に向けながら、ぎゅうとしがみついてくる。
「ツバキさんを、貴方を嫌いになるだなんてそれこそあり得ない。たとえ天地がひっくりかえるような事があっても、世界が崩れ落ちる事があろうとも、これだけは絶対に揺るがないわ。」
俺の胸に顔をうずめながら、額をすりつけるように首を振りながら、一生懸命言ってくれる。
「・・・それなら良かったよ。」
そう答えて、それだけを答えて、腕の中の彼女の華奢な体を力いっぱい抱きしめた。
「・・・俺もだよ。」
「?」
カムイがもそもそと動く気配が伝わってきたが、動きを封じるように腕を組み直した。
「カムイへのね、この想いは・・・何があっても揺らがない。」
耳元で囁いた。カムイは、微塵も動かない。
「たとえ世界中が非難しようとも、身の程知らずと罵られようとも、いずれ永遠の別れが訪れて二度と会えなくなったとしても、俺が生きている限り君を・・・貴女を愛し抜くと、今ここで誓おう。」
そこまで言ってから、少しだけ力を緩めた。頬を鮮やかな紅色に染めながら俺の方を見上げたカムイは、ただ一言『はい。』と答えながら、微笑んだ。
おまけ
「あー気持ちがいい・・・癖になりそう。」
そう言いながら、浴衣越しのカムイに頬ずりする。カムイは横座りしているので、先ほどよりも枕の位置が高い。
「・・・そんなにですか?」
上から苦笑する声が降ってくる。ふわりと頭を撫でられて、なぜか懐かしいような心地がした。
「そんなに良いなら、今度私もやってもらおうかな。」
「いいよー。そのうちやってあげる。」
「ありがとうございます。」
「でも男が下敷きにされても良いものなのかな? 女性ほどは気持ちよくないかもよ?」
「ツバキさんがしてくれるなら、いいんですよ。」
「・・・そんな可愛い事言ってたら、また酷い事しちゃうよ?」
「でも、私が本当に嫌がったらやめてくれるでしょう? ツバキさんは優しいから。」
「・・・。」
一生かかっても、到底彼女には敵う気がしない。でも、カムイになら負け続けでも構わないや、等身大の自分を見せても微笑んで受け入れてくれた、それでいて、完璧を目指して努力する俺の事も応援してくれた人なのだから・・・。
それでも、いいや。
そう考える事にすっかり抵抗もなくなって、目の前にある下ろされたカムイの亜麻色の髪を一房すくい取ると、その端にそっと口付けた。
(完)
- テーマ:二次創作:小説
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:親睦会を経て(FEif)
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