君を望んだ、その結果。(2)
- 2016/01/07
- 18:51
中編中盤でする。部屋の暖房のせいでほっぺたがほてってきたでする(どうでもいい)。
その日は、今までの中でも一番の戦いで勝利を収めた・・・という事で、王族方からねぎらいを込めた酒宴が催される事になっていた。身分の貴賎等は気にせず自由に楽しもうという第一王子リョウマ様の計らいで、室内ではなく屋外で酒宴を執り行う事にするとの事だった。
決まった席はなく、敷物をいくつか敷いただけの会場が作られつつある中を、カムイ様を探しながら歩いていた。周りの皆の酔いが回って潰れた辺りで彼女に話しかけ、二人きりの時間を持ちたいと思ったからだ。
大抵飲みの席では、最初に一緒にいる人間と終わりまでずっと話している事は少ない。会場が酔ってきた頃にふらりと現れた人間と最後まで話し込むのが相場なので、最初は近くにいるだけにしようと思ったのだ。
しかし、会場の辺りに彼女の姿は見つけられなかった。どうやら、まだ来てはいないようだ。
(それなら、探しに行ってみるか)
しばらく待っていても良かったのだが、会場は広いので後から来た人間を探しだすのはなかなか大変だろう。それなら、離れた所にいるうちから彼女を確認しておいて、さりげなく近くにいた方がいい。
しかし、彼女がいる場所と言って思い当るところをいくつか回ってみたが、相変わらず彼女はいなかった。もしかして、部屋の方にいるのだろうか。
そう思って、彼女の自室のある方に歩を向ける。少し歩くと、部屋の近くに生えている木の影に彼女がいるのが見えた。
(・・・ん?)
木陰にいるのは彼女だけではないようだ。もう一人、彼女よりも背の高い人間が隣にいるらしい。
誰だろうか、何か話しているならしばらく待っておこうと思って、足を止め様子をうかがった。
(あの緑髪・・・スズカゼ?)
カムイ様の隣にいたのは、忍者のスズカゼだった。彼は忍者であるという事を生かして諜報員めいた事もしているらしく、彼女との付き合いが長い割にあまり城内で姿を見る事はなかったのだが、どうやら戻っていたらしい。
そのあたりの積もる話もあるのかもしれない、と思ってどうしたものかと思案していると、急に強い風が叩きつけるように吹いてきた。舞い上がる枯葉や小石から顔を腕でかばいつつ、突風をやり過ごす。
(・・・え?)
風が止んだので、腕を下ろして顔をあげた。その視線の先に・・・信じられない光景を、見つけてしまった。
(嘘だろう?)
茫然と、その場に立ち尽くした。見ていたくなどないのに、動けないせいで目をそらせない。
目の前の二人が抱き合うように身を寄せ合っていたのだ。その光景をはっきりと視認した瞬間、背筋が一気に凍る。
(・・・いや、突風から彼女を守っただけ、だろう)
とっさにかばったという事だろう。周りを良く気遣っているスズカゼの事だ。きっと目の前の人間が誰であっても、きっとああやって庇っただろう。彼女だけ特別とか、そういうわけでは、ないだろう。彼女だって、仲間が守ってくれたと、きっとそう思っている、だろう?
そう思ったのに、そう思いたかったのに。混乱しかけた自分の目に次に移った光景は、今度こそ俺を奈落の底に突き落とした。
彼は、彼女の頬に触れていた。優しげに、労わるように。まるで、愛おしい恋人にするかのように。そして、彼女もそんな目の前の彼に笑いかけているのだ。ふわりとした優しげな笑みを、温かな微笑みを、惜しげもなく彼に晒している。
(・・・嘘、だろう!)
目の前が真っ暗になるというのは、こういう事なのか。全てを拒絶したくなるというのは、こんな感情なのか。本当の絶望とは、こういう底冷えするような、暗く冷たい穴の中にゆっくりと沈んでいくような感じを言うのか。
(あの時抱き返してくれたのに。あれ以降も彼女に触れた時に、頬を染めて照れたように笑いながら、そうやって触れられて嬉しいと言ってくれたのに)
それは俺だけに向けた言葉ではなかったのか? 俺は、たくさんいる中の一人でしかなかったのか? その程度、だったのか? 他の奴にも、そう言っていたのか?
愛情は一気に裏返った。彼女が憎らしい、恨めしい。こんなに惑うくらい好きにさせておいて。他に目がいかない位に夢中にさせておいて、期待させておいて。それなのに、他の奴を選んでいたというのか。
(そんなの、許さない)
今まで必死に押し込めていたものが、どろりと動いたような気がした。そのままごぼりと蠢いて、渦巻いて、俺の中を支配していく。暗いものに全てが満たされて、濁った眼に彼女の姿が焼きついた。微笑んでいるあの顔を、めちゃくちゃに歪めて、ぐちゃぐちゃに壊してしまいたい衝動に駆られる。
(・・・そうだ、いっそのこと)
ぶち壊してやろうか。あいつから奪い取ってやろうか。
(そうだ、それがいい・・・たとえ、力ずくであったとしても、構わない。彼女を、俺のものにしてしまおう)
暗い決意を胸に秘め、踵を返して会場に戻った。
***
『完璧な人間になるのだ』と。『完璧な人間なら、感情を露にするのはいけない』と、そう思って、だから・・・感情のままに動く事のないよう、ずっと抑え込んできた。
なのに、抑え込めば抑え込むほど、益々膨れ上がるこの思い。怒りとも悲しみともつかない、破壊衝動や自暴自棄と言えるようで違う、どこまでも暗い負の感情。筆舌に尽くしがたい感情と言うのは、こういう激情をいうのだろうか。
自分が、こんなにも感情に支配されやすい人間だったとは思わなかった。
こんなにも強く、執着、妄執と言っていい位の劣情を抱くような人間だったとは、気付きたくなかった。
***
「カムイ様、ちょっとよろしいですか?」
そう声を掛けられたので振り返ってみると、そこにいたのはスズカゼさんだった。彼の緑髪が風になびくのを見ながら、何でしょうかと問う。
「今度進軍する予定の個所をいくつか調べて参りましたので、ご報告をと思いまして。今、よろしいでしょうか?」
「ああ、その事ですか。わかりました、では・・・っ!!」
偵察結果を聞くため彼を部屋に案内しようと思ったその時、突風が吹いて木々が大きく揺れた。とっさにスズカゼさんがかばってくれたが、耳元でビュッと空を切る音がした後で、自分の右頬がじわりと熱を持つ。
「・・・カムイ様、頬が!」
目の前の彼が私の右耳のあたりに触れた。ああ、やはり切れているようですと気遣わしげに声を掛けてくれる。
「これなら、手持ちの薬草だけで手当て出来そうです。少しじっとしていてもらえますか?」
彼は手裏剣等の暗器を使うのはもちろん、薬草での治療術にも長けている。ここは任せてしまった方が良いだろう。
「はい、お願いします。」
そう答えると、彼の指が頬に触れた。傷口辺りに触れられた瞬間、ぴりぴりとした痛みが走る。
「ちょっと沁みますが最初だけですからね。大丈夫ですよ。」
思わず顔をゆがめてしまったのが分かったのだろう。小さい子をあやすかのように、スズカゼさんは微笑みながらそう言った。
「スズカゼさんは、何でもお見通しですね。」
「この薬は染みますからね・・・他の仲間に使っても、大抵しかめっ面をされましたよ。」
「でも、その分効きそうですね。良かったです。」
そう言うと、彼は『お褒めにあずかり、嬉しい所存です。』と少しおどけたように言ってみせた。今までよりも砕けた仕草に、彼もこの地に馴染んで仲間と交流を持っているのかと思うと、じんわりと胸の中が温かくなる。
「ふふ、だって・・・軍を率いる将軍が戦闘とは別の所で傷を作ったなんて、ちょっと恥ずかしいですもん。」
「・・・ええと、そちらの方なのですか? カムイ様は女性なのですから、顔に傷跡が残るのはあまりいい気がしない、だから治りそうで良かった・・・と思われたのかと、私は考えましたが。」
「跡が残ると寒くなった時分に辛いと聞きますから、あまり残ってはほしくありませんけど・・・女だから見栄えがどう、とかは考えた事がないですね。」
気負う必要もない相手なので正直に言ったのだが、難しい顔をされてしまった。そんなに自分は的外れな事を言ったのだろうか。
「もっとご自身も労わった方がよろしいですよ。貴女が無理をされると、血相を変えて心配する人々がたくさんいらっしゃるのですからね。」
苦笑交じりにそう言われて、はい出来ましたと手当て完了の合図をされる。ありがとうございます、と言いながら・・・・血相を変えて心配してくれる人、の中にカーディナルレッドの彼もいたらいいなと、そんな考えがふと頭をよぎった。
「では、行きましょうか。早くしないと夕飯に間に合わなくなってしまいます。」
「それは困りますね。今日は宴席だと聞いていますし、遅れたら料理が食べられないかもしれませんからね。」
そんな他愛ない話をして、部屋の方へと体を向けた、その時だった。
「・・・?」
歩きだそうとした瞬間、不意にスズカゼさんが立ち止まった。そのまま、周囲を探るようにきょろきょろと視線を巡らせる。
「どうしましたか?」
「いえ・・・何か鋭い視線というか、不穏な気配を感じたもので・・・。」
「物騒ですね・・・賊でも侵入したのでしょうか。」
「少し様子を見てきます。先にお部屋に戻っていて下さい。」
そう言い残して、文字通りスズカゼさんは目の前から消えた。
***
「姉様、あの・・・ちょっと、よろしいですか?」
「サクラ? どうしました?」
祝杯だと言って始まった、結構な規模の宴会が中盤に差し掛かった頃だった。王族貴族平民関係なしに皆でどんちゃん騒いでいるため、かなり盛り上がっている。しかし、声を掛けてきたサクラの顔は、祝いの席だというのに妙に青白かった。
「あの、ツバキさんの事なのです。」
「ツバキさん?」
「はい。あの・・・ちょっと、様子が気になって。」
そう言ってサクラが指し示した辺りを振り返る。すると、皆の輪から少し離れた所で酒杯をあおっているツバキさんが見えた。
「珍しいですね。ツバキさんが一人きりで飲んでいるなんて。」
普段なら、他の臣下仲間たちと楽しそうに飲んでいるというのに。今日は、まるで誰も近付くな、寄らば切るとでも言いたげに座り込んでいる。
「それはそうなのですが・・・一人でいらっしゃる事自体はまだいいのです。仲間の皆さんの様子を俯瞰するように、少し離れた位置にいらっしゃる事は割とある事なので。そうやって周りを見て、酔い潰れた仲間がいたら介抱してあげているみたいです。」
「へぇ。やっぱりツバキさんは優しいお方なのですね。」
「普段はそうなのですけれど・・・今日は、その、何かいつもと違う気がして。少し不安になったんです。」
「いつもと、違う・・・確かに、そうですね。」
私自身はあまり呪いや占いは得意ではないけれど、今のツバキさんの周りには・・・良くないものがまとわりついている感じがする。ツバキさんのいる所だけ、何だか空気が澱んでいるみたいだ。ただ酒に酔っているだけには、とても見えない。
「声を掛けてみようかと思ったのですけれど、あまりにも・・・普段と様子が違うから、その・・・。」
その先は言葉を濁しているが、言いたくない気持ちも分かるし内容にも予想がつく。なので、では一緒に行きましょうと言って立ち上がった。
(続)
その日は、今までの中でも一番の戦いで勝利を収めた・・・という事で、王族方からねぎらいを込めた酒宴が催される事になっていた。身分の貴賎等は気にせず自由に楽しもうという第一王子リョウマ様の計らいで、室内ではなく屋外で酒宴を執り行う事にするとの事だった。
決まった席はなく、敷物をいくつか敷いただけの会場が作られつつある中を、カムイ様を探しながら歩いていた。周りの皆の酔いが回って潰れた辺りで彼女に話しかけ、二人きりの時間を持ちたいと思ったからだ。
大抵飲みの席では、最初に一緒にいる人間と終わりまでずっと話している事は少ない。会場が酔ってきた頃にふらりと現れた人間と最後まで話し込むのが相場なので、最初は近くにいるだけにしようと思ったのだ。
しかし、会場の辺りに彼女の姿は見つけられなかった。どうやら、まだ来てはいないようだ。
(それなら、探しに行ってみるか)
しばらく待っていても良かったのだが、会場は広いので後から来た人間を探しだすのはなかなか大変だろう。それなら、離れた所にいるうちから彼女を確認しておいて、さりげなく近くにいた方がいい。
しかし、彼女がいる場所と言って思い当るところをいくつか回ってみたが、相変わらず彼女はいなかった。もしかして、部屋の方にいるのだろうか。
そう思って、彼女の自室のある方に歩を向ける。少し歩くと、部屋の近くに生えている木の影に彼女がいるのが見えた。
(・・・ん?)
木陰にいるのは彼女だけではないようだ。もう一人、彼女よりも背の高い人間が隣にいるらしい。
誰だろうか、何か話しているならしばらく待っておこうと思って、足を止め様子をうかがった。
(あの緑髪・・・スズカゼ?)
カムイ様の隣にいたのは、忍者のスズカゼだった。彼は忍者であるという事を生かして諜報員めいた事もしているらしく、彼女との付き合いが長い割にあまり城内で姿を見る事はなかったのだが、どうやら戻っていたらしい。
そのあたりの積もる話もあるのかもしれない、と思ってどうしたものかと思案していると、急に強い風が叩きつけるように吹いてきた。舞い上がる枯葉や小石から顔を腕でかばいつつ、突風をやり過ごす。
(・・・え?)
風が止んだので、腕を下ろして顔をあげた。その視線の先に・・・信じられない光景を、見つけてしまった。
(嘘だろう?)
茫然と、その場に立ち尽くした。見ていたくなどないのに、動けないせいで目をそらせない。
目の前の二人が抱き合うように身を寄せ合っていたのだ。その光景をはっきりと視認した瞬間、背筋が一気に凍る。
(・・・いや、突風から彼女を守っただけ、だろう)
とっさにかばったという事だろう。周りを良く気遣っているスズカゼの事だ。きっと目の前の人間が誰であっても、きっとああやって庇っただろう。彼女だけ特別とか、そういうわけでは、ないだろう。彼女だって、仲間が守ってくれたと、きっとそう思っている、だろう?
そう思ったのに、そう思いたかったのに。混乱しかけた自分の目に次に移った光景は、今度こそ俺を奈落の底に突き落とした。
彼は、彼女の頬に触れていた。優しげに、労わるように。まるで、愛おしい恋人にするかのように。そして、彼女もそんな目の前の彼に笑いかけているのだ。ふわりとした優しげな笑みを、温かな微笑みを、惜しげもなく彼に晒している。
(・・・嘘、だろう!)
目の前が真っ暗になるというのは、こういう事なのか。全てを拒絶したくなるというのは、こんな感情なのか。本当の絶望とは、こういう底冷えするような、暗く冷たい穴の中にゆっくりと沈んでいくような感じを言うのか。
(あの時抱き返してくれたのに。あれ以降も彼女に触れた時に、頬を染めて照れたように笑いながら、そうやって触れられて嬉しいと言ってくれたのに)
それは俺だけに向けた言葉ではなかったのか? 俺は、たくさんいる中の一人でしかなかったのか? その程度、だったのか? 他の奴にも、そう言っていたのか?
愛情は一気に裏返った。彼女が憎らしい、恨めしい。こんなに惑うくらい好きにさせておいて。他に目がいかない位に夢中にさせておいて、期待させておいて。それなのに、他の奴を選んでいたというのか。
(そんなの、許さない)
今まで必死に押し込めていたものが、どろりと動いたような気がした。そのままごぼりと蠢いて、渦巻いて、俺の中を支配していく。暗いものに全てが満たされて、濁った眼に彼女の姿が焼きついた。微笑んでいるあの顔を、めちゃくちゃに歪めて、ぐちゃぐちゃに壊してしまいたい衝動に駆られる。
(・・・そうだ、いっそのこと)
ぶち壊してやろうか。あいつから奪い取ってやろうか。
(そうだ、それがいい・・・たとえ、力ずくであったとしても、構わない。彼女を、俺のものにしてしまおう)
暗い決意を胸に秘め、踵を返して会場に戻った。
***
『完璧な人間になるのだ』と。『完璧な人間なら、感情を露にするのはいけない』と、そう思って、だから・・・感情のままに動く事のないよう、ずっと抑え込んできた。
なのに、抑え込めば抑え込むほど、益々膨れ上がるこの思い。怒りとも悲しみともつかない、破壊衝動や自暴自棄と言えるようで違う、どこまでも暗い負の感情。筆舌に尽くしがたい感情と言うのは、こういう激情をいうのだろうか。
自分が、こんなにも感情に支配されやすい人間だったとは思わなかった。
こんなにも強く、執着、妄執と言っていい位の劣情を抱くような人間だったとは、気付きたくなかった。
***
「カムイ様、ちょっとよろしいですか?」
そう声を掛けられたので振り返ってみると、そこにいたのはスズカゼさんだった。彼の緑髪が風になびくのを見ながら、何でしょうかと問う。
「今度進軍する予定の個所をいくつか調べて参りましたので、ご報告をと思いまして。今、よろしいでしょうか?」
「ああ、その事ですか。わかりました、では・・・っ!!」
偵察結果を聞くため彼を部屋に案内しようと思ったその時、突風が吹いて木々が大きく揺れた。とっさにスズカゼさんがかばってくれたが、耳元でビュッと空を切る音がした後で、自分の右頬がじわりと熱を持つ。
「・・・カムイ様、頬が!」
目の前の彼が私の右耳のあたりに触れた。ああ、やはり切れているようですと気遣わしげに声を掛けてくれる。
「これなら、手持ちの薬草だけで手当て出来そうです。少しじっとしていてもらえますか?」
彼は手裏剣等の暗器を使うのはもちろん、薬草での治療術にも長けている。ここは任せてしまった方が良いだろう。
「はい、お願いします。」
そう答えると、彼の指が頬に触れた。傷口辺りに触れられた瞬間、ぴりぴりとした痛みが走る。
「ちょっと沁みますが最初だけですからね。大丈夫ですよ。」
思わず顔をゆがめてしまったのが分かったのだろう。小さい子をあやすかのように、スズカゼさんは微笑みながらそう言った。
「スズカゼさんは、何でもお見通しですね。」
「この薬は染みますからね・・・他の仲間に使っても、大抵しかめっ面をされましたよ。」
「でも、その分効きそうですね。良かったです。」
そう言うと、彼は『お褒めにあずかり、嬉しい所存です。』と少しおどけたように言ってみせた。今までよりも砕けた仕草に、彼もこの地に馴染んで仲間と交流を持っているのかと思うと、じんわりと胸の中が温かくなる。
「ふふ、だって・・・軍を率いる将軍が戦闘とは別の所で傷を作ったなんて、ちょっと恥ずかしいですもん。」
「・・・ええと、そちらの方なのですか? カムイ様は女性なのですから、顔に傷跡が残るのはあまりいい気がしない、だから治りそうで良かった・・・と思われたのかと、私は考えましたが。」
「跡が残ると寒くなった時分に辛いと聞きますから、あまり残ってはほしくありませんけど・・・女だから見栄えがどう、とかは考えた事がないですね。」
気負う必要もない相手なので正直に言ったのだが、難しい顔をされてしまった。そんなに自分は的外れな事を言ったのだろうか。
「もっとご自身も労わった方がよろしいですよ。貴女が無理をされると、血相を変えて心配する人々がたくさんいらっしゃるのですからね。」
苦笑交じりにそう言われて、はい出来ましたと手当て完了の合図をされる。ありがとうございます、と言いながら・・・・血相を変えて心配してくれる人、の中にカーディナルレッドの彼もいたらいいなと、そんな考えがふと頭をよぎった。
「では、行きましょうか。早くしないと夕飯に間に合わなくなってしまいます。」
「それは困りますね。今日は宴席だと聞いていますし、遅れたら料理が食べられないかもしれませんからね。」
そんな他愛ない話をして、部屋の方へと体を向けた、その時だった。
「・・・?」
歩きだそうとした瞬間、不意にスズカゼさんが立ち止まった。そのまま、周囲を探るようにきょろきょろと視線を巡らせる。
「どうしましたか?」
「いえ・・・何か鋭い視線というか、不穏な気配を感じたもので・・・。」
「物騒ですね・・・賊でも侵入したのでしょうか。」
「少し様子を見てきます。先にお部屋に戻っていて下さい。」
そう言い残して、文字通りスズカゼさんは目の前から消えた。
***
「姉様、あの・・・ちょっと、よろしいですか?」
「サクラ? どうしました?」
祝杯だと言って始まった、結構な規模の宴会が中盤に差し掛かった頃だった。王族貴族平民関係なしに皆でどんちゃん騒いでいるため、かなり盛り上がっている。しかし、声を掛けてきたサクラの顔は、祝いの席だというのに妙に青白かった。
「あの、ツバキさんの事なのです。」
「ツバキさん?」
「はい。あの・・・ちょっと、様子が気になって。」
そう言ってサクラが指し示した辺りを振り返る。すると、皆の輪から少し離れた所で酒杯をあおっているツバキさんが見えた。
「珍しいですね。ツバキさんが一人きりで飲んでいるなんて。」
普段なら、他の臣下仲間たちと楽しそうに飲んでいるというのに。今日は、まるで誰も近付くな、寄らば切るとでも言いたげに座り込んでいる。
「それはそうなのですが・・・一人でいらっしゃる事自体はまだいいのです。仲間の皆さんの様子を俯瞰するように、少し離れた位置にいらっしゃる事は割とある事なので。そうやって周りを見て、酔い潰れた仲間がいたら介抱してあげているみたいです。」
「へぇ。やっぱりツバキさんは優しいお方なのですね。」
「普段はそうなのですけれど・・・今日は、その、何かいつもと違う気がして。少し不安になったんです。」
「いつもと、違う・・・確かに、そうですね。」
私自身はあまり呪いや占いは得意ではないけれど、今のツバキさんの周りには・・・良くないものがまとわりついている感じがする。ツバキさんのいる所だけ、何だか空気が澱んでいるみたいだ。ただ酒に酔っているだけには、とても見えない。
「声を掛けてみようかと思ったのですけれど、あまりにも・・・普段と様子が違うから、その・・・。」
その先は言葉を濁しているが、言いたくない気持ちも分かるし内容にも予想がつく。なので、では一緒に行きましょうと言って立ち上がった。
(続)
- テーマ:二次創作:小説
- ジャンル:小説・文学
- カテゴリ:天に焦がれた地上の花(FEif)
- CM:0
- TB:0