椿寒桜(1)
- 2016/01/19
- 18:32
去年の年末に校内で上記名前の木を見つけましてな。その瞬間に『ツバカム夫婦ならばサクラちゃんはツバキさんの妹になるのかーそれならこんな感じだったらイイナー』という吉川の願望もりもりのお話が出来上がりました。
もう一度言うでする。 吉川の願望もりもりのツバキさんと(withマトイちゃん)サクラちゃんの兄妹設定妄想炸裂話 でする。
読む人を とても 選びそうな気がする(ねつ造設定ねつ造シナリオてんこもり)ので、なんでもウェルカムな人向けの話ですりゃー。
全て踏まえたうえで『なんでもいいよー』とおっしゃって下さる方は追記からどぞー。
『椿寒桜』(1)
「ふぅ、ちょっと休憩……」
随分と膨らんだお腹を撫でて、そう一人ごちた。冷たくも優しい風が、火照った私の頬を撫でていく。久々の静寂に心が洗われていくようだ。今日くらいは、戦いの事は忘れて過ごしたい。
とうとうかの国と戦争が始まって、幾分かの月日が経った。そして、ここしばらくの間に自分の周りの人達が次々に結婚して、早い人だと既に子供も生まれていたから・・・それを喜びつつも、私だけ取り残されたみたいで、少し寂しく思う事もあった。
けれど、ようやく自分も長い人生を共にしたいと思う方に添う事が出来た。それからさらに月日が流れ、彼の子を身籠っている事も判明した。分かった当初は不安でいっぱいだったけれど、今ではこのお腹の重みがとても愛おしい。
心配だという夫や親友に大丈夫だからと告げ、久々に桜の木が立ち並ぶこの場所に一人でやってきた。今は冬だから、ここにいる自分と同じ名前の木々達は、咲き誇るための準備をしている所なのだろう。
「……あら、あれは?」
並木道から少し外れた所にある木の根元で一休みしようと思って、ゆっくり近づいていくと・・・見慣れた長い赤毛の束が見えた。私が知っている中で思い当る人物は、一人しかいない。
「ツバキさん、どうしたんですか?」
後ろからそう声をかけると、少し驚いたような表情のツバキさんが振り向いた。今の時期、ここに来る人はそういないので驚かせてしまったのだろうか。
「なんだ、サクラ様でしたか……」
正体がわかって安心したのか、ツバキさんの表情が和らいだ。穏やかな、柔らかな表情を向けてくれる彼にそうですよと答えながら……確かに、これなら女性の視線を集めても仕方がないだろうなんて事を考える。
でも、今までの彼の笑顔は、どこか作り物めいていて掴めない感じがあった。主君として、辛そうにしていた彼を助けたかったのに、その気持ちが彼の笑顔の前で滑り落ちていくような感覚を何度味わっただろう。しかし、今目の前にいるツバキさんの笑顔は、心からのものだろうという印象を受けた。
「そんな身重の体で出歩くなんて、よくカザハナ達が許しましたね」
安堵の表情が一転、隣に腰かけた私のお腹の方に視線を向けながら、ツバキさんが困ったように笑った。
そんな彼の方を改めて振り向くと、膝の上には見慣れた色の頭が乗っていた。一瞬、夫婦でいたところを邪魔してしまったのかと焦ったが、服装が違うので・・・娘の、マトイさんの方だと分かった。まぁ、それでも、親子水入らずの邪魔をしてしまった事には変わりない。
「すみません、親子で水入らずだったんですね。邪魔をしてしまいました」
そう謝ると、ツバキさんはいえいえと首を横に振って、微笑みながら口を開いた。
「娘の方は眠ってますし、このままだと俺も眠ってしまいそうだったから話相手が欲しかったんです。なので、丁度良かったですよー」
ツバキさんの返答を聞きながら、彼の膝の上で眠るマトイさんを眺めてみる。母親であるカムイ姉様と同じ色の髪の毛が、きらきらと陽の光を反射して……彼女の美しさを、一層際立たせていた。そして、二人の横には薙刀が二本置いてある。少し離れた所では、二匹の天馬がそれぞれの毛づくろいをしていた。
「……マトイさんの、ご指導を?」
「ええ、そうです。結局、娘も天馬に乗る事になりましたからね。最近のこの子は、カムイと一緒にいる事の方が多かったので・・・久々に娘と二人きりでした」
娘の頭を優しく撫でながら、愛おしげな優しい声音で言葉が紡がれていく。目を細めて娘の顔を見るツバキさんは、まさに父親の顔をしていた。確かに、最近のマトイさんはカムイ姉様と一緒に城下へ出かける事が多かった。最愛の妻と娘が共にいなくて、寂しかったのだろうか。
「でも、ツバキさんはカンナさんとよく一緒にいらっしゃいますよね。カムイ姉様の方は、カンナさんと一緒にいられなくて淋しい、と思っていらっしゃったかもしれませんね」
「そうですねー。今日は母と息子でお出かけだと、二人とも嬉しそうでした。やっぱり、子供が娘と息子だと、同性の親と一緒にいる事の方が多くなるものなんでしょうねー」
「同性の親の方が、相談しやすい事もあるでしょうからね」
そう呟きながら、ふと、自分のお腹の子はどちらなのだろうかという疑問が湧いた。この子が娘なら、きっと自分でも助けになれる事はあるだろうが……はたして息子だったら、どうなのだろう。
「でも、異性の親だからこそ聞ける話もある、と娘が言っていました」
「そうなのですか?」
「・・・ええ」
なぜか若干ひきつった笑みを浮かべながら、ツバキさんがそう言った。一体、マトイさんに何を聞かれたというのだろう。興味が湧いたが、ツバキさんは目を逸らしてしまった。そして、娘の方を見ながらぶつぶつと何事かを呟きだしたので……それが、『マトイは一生嫁になんて行かなくていいんだからね……』と聞こえた気がしたので、詮索しない方がよいだろう。
「それならば、この子が男の子であっても女の子であっても、私は母として力になれるのでしょうか」
お腹を撫でながら呟くと、もちろんですよという同意の声が聞こえた。見上げた先のツバキさんは、もういつも通りの表情に戻っている。
「なれますよ、サクラ様なら」
太鼓判を押してくれた臣下兼義兄の言葉に、笑みを返す事で返事をした。
***
「そういえば、桜並木の中に・・・一本だけ、種類の違う桜がある事はご存知ですかー?」
互いに言葉を発さないままのんびりと周りの景色を眺めていると、思い出したかのようにツバキさんがそう問うた。
「そうなのですか? ここにある桜は、皆同じものかと思っていました」
「俺もカムイに教えてもらったんですが・・・今俺達が寄り掛かっているこの木だけ、別のものなのだそうです。そして、ここにある桜の木の中では、この木が一番好きなのだと笑っていました」
「この木は姉様のお気に入りなのですね。あまり他の木とは変わらないような気もするのですが……」
「確か、花に違いがあると言ってました」
「花に?」
「はい。花の咲く時期や花びらの数は同じだけど、色が違うのだと」
「へぇ……そうなのですね」
そう答えながら、ぐるりと周囲を見渡した。しかし、花が咲いていない今では、この木と周りの木の違いは、やっぱりよく分からなかった。
「この木以外の桜は、ソメイヨシノというそうです。ソメイヨシノの花は元々が淡い色な上、満開になるにつれて色が抜けていくから、最終的には真っ白になるのだとか」
「言われてみれば、確かにそうでしたね。道理で、満開の時分の夜桜がとても綺麗だったと……あ」
口を押さえた時には遅かった。隣から、じろり、と睨むような視線が向けられてしまう。
「……夜中にここを訪れた事が、御有りですか」
「え、ええと……」
「ここは城下の外れだし、人があまり来ない所だから、夕方以降は行かないように、とお伝えしていたはずですよね?」
「あ、あの、一人ではありませんでしたから……大丈夫でしたよ?」
「でも、夜中と言うなら同行者はカザハナでしょう。付き添いがカザハナとしても、女性二人ではそもそも危ない……」
「違うんです。一緒にいたのは、カザハナさんではなくて、あの……」
続きを言うのが何となく気恥ずかしくて、つい濁してしまったが……どうやら誰なのかは伝わったようだ。ツバキさんは眉間にしわを寄せて、はぁぁっと深いため息をつくと天を仰いだ。全く、どうしてくれようか……なんて物騒な言葉が聞こえたが、気のせいだと信じたい。
そういえば、私が結婚するとなった時、ツバキさんはリョウマ兄様やタクミ兄様と一緒になって、やれサクラ様にふさわしいか試験だ何だと、色々と夫にけしかけていた気がする。満身創痍で闘技場から出てきた夫は、二度と三人を敵に回したくないと顔を青ざめさせていた。
「あ、あの、この木の方に咲く花の色は何色なのですか? 桜の花ですから、桃色だとは思うのですが」
不穏な空気になってしまったこの場の雰囲気を変えるために、桜の花の話の続きを促した。ツバキさんは再びこちらを向き、いつも通りの笑顔で答えてくれる。
「こちらの方が、ソメイヨシノよりも濃い色なんですよ。赤みの強い薄紅色、というところでしょうか」
「そうなのですね……全然気付きませんでした」
そもそも、桜の木にそんな種類がある事も知らなかった。満開の時期になったら、またここを訪れてみよう。その頃には、もうこの子も生まれているかもしれない。
「俺も、言われてみればって感じでしたよ。当たり前にあるものほど、気付かないのかもしれませんね」
「当たり前のもの、ほど……」
「暗夜の方では、咲く花の種類も限られているそうです。だから、花と言うものを実際に見た事はほとんどなかった、書物で見知った草花を実際に見る事が出来て嬉しいと、カムイが言ってました」
ぼんやりと遠くを見ながら、ツバキさんがそう言った。その温かな瞳に映っているのは、今ここにいない姉様なのだろうか。
戦争をしている相手だからか、私達はあちらの国の事を良く知らない。それでも、かの国の兵士を攻撃し傷付ける事に躊躇してしまうのだから……果たして、そこで育った過去を持つ姉様の心境は、如何程なのか。かつては兄、姉と。弟妹と。そう呼んでいた人達に剣を向けなければならないというこの状況は、自身の身を切られる以上に痛いものなのではないだろうか?
暗夜と白夜。黒と白。姉様が色の濃い花を好きなのは、そういう要因からだろうか。
「……この木は、何と言う種類なのですか? そもそも、なぜ姉様はこちらの方がよいと思われたのでしょう?」
そう問いかけると、ツバキさんと視線があった。先ほど自身の娘に向けていた視線が、そのまま私に向けられる。
「この木には、自分の大好きな人の名前が二人分入っているから好きなのだ、と言っていました」
「好きな人の、名?」
「大好きな、恩人だと。ここに来たばかりの頃は、自分の決断が果たして正解だったのかと悩む事が多かったんだそうです。そんな時に、自分の決断に心が押しつぶされそうになっていた時に……支えてくれた恩人達なのだと」
そこまで言うと、ツバキさんは一旦言葉を切った。そして、私に向けるその表情が、とても真剣なものになる。
「この木は『椿寒桜』と言うそうです」
「つばき、かんざくら……」
その名前を、言葉を覚えたばかりの子供のように繰り返した。つばきと、さくら。ツバキさんと……私?
「俺達の事だそうですよ」
ふわりと笑いながら紡がれる、聞き慣れた声が耳に響いていく。私も、なのか。私も、恩人だと・・・姉様は言ってくれたのか。
「マトイがカムイのお腹にいる時に、一度ここに来た事があるんです。その時、面と向かってはっきりと言われました。二人がいるから、私はここで頑張れているのだと。二人が温かく受け入れてくれたから、自分の選択は間違っていないと信じる気になったのだと」
不意に、目の前のツバキさんの顔が滲んだ。ほろり、と自分の頬に熱い雫が流れていく。
私は、姉様に、そんな風に言ってもらえる資格なんてない。私は、私に出来る事をしただけだ。『自分はここにいても良いのか?』と、問いかける事は、何度もあったから。まして、その人は生き別れていた姉なのだ。人ごとだとは、思えなかった。
王女として生まれたけれど、兄様達のように王族としてきちんと振舞えているわけでもないし、強くもない。姉様や義兄となってくれた人のように薙刀をふるう事も出来なければ、親友のように剣で立ち向かっていく事も出来ない。何度、何度。直属の臣下となってくれた二人に対して自責の念を抱いただろう。兄姉に、周りの人に、この国の人に、何度申し訳ないと思っただろう。
どうして私のような内気で臆病な人間が、王女に生まれてしまったのか。私が王女でなければ。もっと、ふさわしい人がこの立場にいれば、臣下の二人はもっと活躍できたのではないだろうか。もっと強い人が王女であった方が、いずれ王位を継ぐ長兄や、その長兄を支える次兄や姉を、支えられたのではないか。
何度、そう考えて。何度、自分のふがいなさに憤って。一人、夜に涙をこぼした事だろう。この戦争が始まって、私は、何度枕を濡らした事だろう。
「……こうやって、俺の前で泣くのは初めてじゃない? サクラ」
その言葉が終るか終らないかのうちに、弾かれたように彼を見た。彼はふふっと笑いながら、綺麗な手巾で私の目元を優しく拭ってくれる。手巾からは、カムイ姉様の纏う香りがした。
(続)
もう一度言うでする。 吉川の願望もりもりのツバキさんと(withマトイちゃん)サクラちゃんの兄妹設定妄想炸裂話 でする。
読む人を とても 選びそうな気がする(ねつ造設定ねつ造シナリオてんこもり)ので、なんでもウェルカムな人向けの話ですりゃー。
全て踏まえたうえで『なんでもいいよー』とおっしゃって下さる方は追記からどぞー。
『椿寒桜』(1)
「ふぅ、ちょっと休憩……」
随分と膨らんだお腹を撫でて、そう一人ごちた。冷たくも優しい風が、火照った私の頬を撫でていく。久々の静寂に心が洗われていくようだ。今日くらいは、戦いの事は忘れて過ごしたい。
とうとうかの国と戦争が始まって、幾分かの月日が経った。そして、ここしばらくの間に自分の周りの人達が次々に結婚して、早い人だと既に子供も生まれていたから・・・それを喜びつつも、私だけ取り残されたみたいで、少し寂しく思う事もあった。
けれど、ようやく自分も長い人生を共にしたいと思う方に添う事が出来た。それからさらに月日が流れ、彼の子を身籠っている事も判明した。分かった当初は不安でいっぱいだったけれど、今ではこのお腹の重みがとても愛おしい。
心配だという夫や親友に大丈夫だからと告げ、久々に桜の木が立ち並ぶこの場所に一人でやってきた。今は冬だから、ここにいる自分と同じ名前の木々達は、咲き誇るための準備をしている所なのだろう。
「……あら、あれは?」
並木道から少し外れた所にある木の根元で一休みしようと思って、ゆっくり近づいていくと・・・見慣れた長い赤毛の束が見えた。私が知っている中で思い当る人物は、一人しかいない。
「ツバキさん、どうしたんですか?」
後ろからそう声をかけると、少し驚いたような表情のツバキさんが振り向いた。今の時期、ここに来る人はそういないので驚かせてしまったのだろうか。
「なんだ、サクラ様でしたか……」
正体がわかって安心したのか、ツバキさんの表情が和らいだ。穏やかな、柔らかな表情を向けてくれる彼にそうですよと答えながら……確かに、これなら女性の視線を集めても仕方がないだろうなんて事を考える。
でも、今までの彼の笑顔は、どこか作り物めいていて掴めない感じがあった。主君として、辛そうにしていた彼を助けたかったのに、その気持ちが彼の笑顔の前で滑り落ちていくような感覚を何度味わっただろう。しかし、今目の前にいるツバキさんの笑顔は、心からのものだろうという印象を受けた。
「そんな身重の体で出歩くなんて、よくカザハナ達が許しましたね」
安堵の表情が一転、隣に腰かけた私のお腹の方に視線を向けながら、ツバキさんが困ったように笑った。
そんな彼の方を改めて振り向くと、膝の上には見慣れた色の頭が乗っていた。一瞬、夫婦でいたところを邪魔してしまったのかと焦ったが、服装が違うので・・・娘の、マトイさんの方だと分かった。まぁ、それでも、親子水入らずの邪魔をしてしまった事には変わりない。
「すみません、親子で水入らずだったんですね。邪魔をしてしまいました」
そう謝ると、ツバキさんはいえいえと首を横に振って、微笑みながら口を開いた。
「娘の方は眠ってますし、このままだと俺も眠ってしまいそうだったから話相手が欲しかったんです。なので、丁度良かったですよー」
ツバキさんの返答を聞きながら、彼の膝の上で眠るマトイさんを眺めてみる。母親であるカムイ姉様と同じ色の髪の毛が、きらきらと陽の光を反射して……彼女の美しさを、一層際立たせていた。そして、二人の横には薙刀が二本置いてある。少し離れた所では、二匹の天馬がそれぞれの毛づくろいをしていた。
「……マトイさんの、ご指導を?」
「ええ、そうです。結局、娘も天馬に乗る事になりましたからね。最近のこの子は、カムイと一緒にいる事の方が多かったので・・・久々に娘と二人きりでした」
娘の頭を優しく撫でながら、愛おしげな優しい声音で言葉が紡がれていく。目を細めて娘の顔を見るツバキさんは、まさに父親の顔をしていた。確かに、最近のマトイさんはカムイ姉様と一緒に城下へ出かける事が多かった。最愛の妻と娘が共にいなくて、寂しかったのだろうか。
「でも、ツバキさんはカンナさんとよく一緒にいらっしゃいますよね。カムイ姉様の方は、カンナさんと一緒にいられなくて淋しい、と思っていらっしゃったかもしれませんね」
「そうですねー。今日は母と息子でお出かけだと、二人とも嬉しそうでした。やっぱり、子供が娘と息子だと、同性の親と一緒にいる事の方が多くなるものなんでしょうねー」
「同性の親の方が、相談しやすい事もあるでしょうからね」
そう呟きながら、ふと、自分のお腹の子はどちらなのだろうかという疑問が湧いた。この子が娘なら、きっと自分でも助けになれる事はあるだろうが……はたして息子だったら、どうなのだろう。
「でも、異性の親だからこそ聞ける話もある、と娘が言っていました」
「そうなのですか?」
「・・・ええ」
なぜか若干ひきつった笑みを浮かべながら、ツバキさんがそう言った。一体、マトイさんに何を聞かれたというのだろう。興味が湧いたが、ツバキさんは目を逸らしてしまった。そして、娘の方を見ながらぶつぶつと何事かを呟きだしたので……それが、『マトイは一生嫁になんて行かなくていいんだからね……』と聞こえた気がしたので、詮索しない方がよいだろう。
「それならば、この子が男の子であっても女の子であっても、私は母として力になれるのでしょうか」
お腹を撫でながら呟くと、もちろんですよという同意の声が聞こえた。見上げた先のツバキさんは、もういつも通りの表情に戻っている。
「なれますよ、サクラ様なら」
太鼓判を押してくれた臣下兼義兄の言葉に、笑みを返す事で返事をした。
***
「そういえば、桜並木の中に・・・一本だけ、種類の違う桜がある事はご存知ですかー?」
互いに言葉を発さないままのんびりと周りの景色を眺めていると、思い出したかのようにツバキさんがそう問うた。
「そうなのですか? ここにある桜は、皆同じものかと思っていました」
「俺もカムイに教えてもらったんですが・・・今俺達が寄り掛かっているこの木だけ、別のものなのだそうです。そして、ここにある桜の木の中では、この木が一番好きなのだと笑っていました」
「この木は姉様のお気に入りなのですね。あまり他の木とは変わらないような気もするのですが……」
「確か、花に違いがあると言ってました」
「花に?」
「はい。花の咲く時期や花びらの数は同じだけど、色が違うのだと」
「へぇ……そうなのですね」
そう答えながら、ぐるりと周囲を見渡した。しかし、花が咲いていない今では、この木と周りの木の違いは、やっぱりよく分からなかった。
「この木以外の桜は、ソメイヨシノというそうです。ソメイヨシノの花は元々が淡い色な上、満開になるにつれて色が抜けていくから、最終的には真っ白になるのだとか」
「言われてみれば、確かにそうでしたね。道理で、満開の時分の夜桜がとても綺麗だったと……あ」
口を押さえた時には遅かった。隣から、じろり、と睨むような視線が向けられてしまう。
「……夜中にここを訪れた事が、御有りですか」
「え、ええと……」
「ここは城下の外れだし、人があまり来ない所だから、夕方以降は行かないように、とお伝えしていたはずですよね?」
「あ、あの、一人ではありませんでしたから……大丈夫でしたよ?」
「でも、夜中と言うなら同行者はカザハナでしょう。付き添いがカザハナとしても、女性二人ではそもそも危ない……」
「違うんです。一緒にいたのは、カザハナさんではなくて、あの……」
続きを言うのが何となく気恥ずかしくて、つい濁してしまったが……どうやら誰なのかは伝わったようだ。ツバキさんは眉間にしわを寄せて、はぁぁっと深いため息をつくと天を仰いだ。全く、どうしてくれようか……なんて物騒な言葉が聞こえたが、気のせいだと信じたい。
そういえば、私が結婚するとなった時、ツバキさんはリョウマ兄様やタクミ兄様と一緒になって、やれサクラ様にふさわしいか試験だ何だと、色々と夫にけしかけていた気がする。満身創痍で闘技場から出てきた夫は、二度と三人を敵に回したくないと顔を青ざめさせていた。
「あ、あの、この木の方に咲く花の色は何色なのですか? 桜の花ですから、桃色だとは思うのですが」
不穏な空気になってしまったこの場の雰囲気を変えるために、桜の花の話の続きを促した。ツバキさんは再びこちらを向き、いつも通りの笑顔で答えてくれる。
「こちらの方が、ソメイヨシノよりも濃い色なんですよ。赤みの強い薄紅色、というところでしょうか」
「そうなのですね……全然気付きませんでした」
そもそも、桜の木にそんな種類がある事も知らなかった。満開の時期になったら、またここを訪れてみよう。その頃には、もうこの子も生まれているかもしれない。
「俺も、言われてみればって感じでしたよ。当たり前にあるものほど、気付かないのかもしれませんね」
「当たり前のもの、ほど……」
「暗夜の方では、咲く花の種類も限られているそうです。だから、花と言うものを実際に見た事はほとんどなかった、書物で見知った草花を実際に見る事が出来て嬉しいと、カムイが言ってました」
ぼんやりと遠くを見ながら、ツバキさんがそう言った。その温かな瞳に映っているのは、今ここにいない姉様なのだろうか。
戦争をしている相手だからか、私達はあちらの国の事を良く知らない。それでも、かの国の兵士を攻撃し傷付ける事に躊躇してしまうのだから……果たして、そこで育った過去を持つ姉様の心境は、如何程なのか。かつては兄、姉と。弟妹と。そう呼んでいた人達に剣を向けなければならないというこの状況は、自身の身を切られる以上に痛いものなのではないだろうか?
暗夜と白夜。黒と白。姉様が色の濃い花を好きなのは、そういう要因からだろうか。
「……この木は、何と言う種類なのですか? そもそも、なぜ姉様はこちらの方がよいと思われたのでしょう?」
そう問いかけると、ツバキさんと視線があった。先ほど自身の娘に向けていた視線が、そのまま私に向けられる。
「この木には、自分の大好きな人の名前が二人分入っているから好きなのだ、と言っていました」
「好きな人の、名?」
「大好きな、恩人だと。ここに来たばかりの頃は、自分の決断が果たして正解だったのかと悩む事が多かったんだそうです。そんな時に、自分の決断に心が押しつぶされそうになっていた時に……支えてくれた恩人達なのだと」
そこまで言うと、ツバキさんは一旦言葉を切った。そして、私に向けるその表情が、とても真剣なものになる。
「この木は『椿寒桜』と言うそうです」
「つばき、かんざくら……」
その名前を、言葉を覚えたばかりの子供のように繰り返した。つばきと、さくら。ツバキさんと……私?
「俺達の事だそうですよ」
ふわりと笑いながら紡がれる、聞き慣れた声が耳に響いていく。私も、なのか。私も、恩人だと・・・姉様は言ってくれたのか。
「マトイがカムイのお腹にいる時に、一度ここに来た事があるんです。その時、面と向かってはっきりと言われました。二人がいるから、私はここで頑張れているのだと。二人が温かく受け入れてくれたから、自分の選択は間違っていないと信じる気になったのだと」
不意に、目の前のツバキさんの顔が滲んだ。ほろり、と自分の頬に熱い雫が流れていく。
私は、姉様に、そんな風に言ってもらえる資格なんてない。私は、私に出来る事をしただけだ。『自分はここにいても良いのか?』と、問いかける事は、何度もあったから。まして、その人は生き別れていた姉なのだ。人ごとだとは、思えなかった。
王女として生まれたけれど、兄様達のように王族としてきちんと振舞えているわけでもないし、強くもない。姉様や義兄となってくれた人のように薙刀をふるう事も出来なければ、親友のように剣で立ち向かっていく事も出来ない。何度、何度。直属の臣下となってくれた二人に対して自責の念を抱いただろう。兄姉に、周りの人に、この国の人に、何度申し訳ないと思っただろう。
どうして私のような内気で臆病な人間が、王女に生まれてしまったのか。私が王女でなければ。もっと、ふさわしい人がこの立場にいれば、臣下の二人はもっと活躍できたのではないだろうか。もっと強い人が王女であった方が、いずれ王位を継ぐ長兄や、その長兄を支える次兄や姉を、支えられたのではないか。
何度、そう考えて。何度、自分のふがいなさに憤って。一人、夜に涙をこぼした事だろう。この戦争が始まって、私は、何度枕を濡らした事だろう。
「……こうやって、俺の前で泣くのは初めてじゃない? サクラ」
その言葉が終るか終らないかのうちに、弾かれたように彼を見た。彼はふふっと笑いながら、綺麗な手巾で私の目元を優しく拭ってくれる。手巾からは、カムイ姉様の纏う香りがした。
(続)