三人の絆
- 2019/08/18
- 22:51
高校生なGUMIちゃんと、幼馴染のがっくん&ルカさんの話。CPなのは言わずもがながくルカの二人です。
三人とも同じ年で誕生日は発売日としたので、年順がめぐみ(GUMIちゃん)→楽(神居がくぽ氏)→琉華(巡音ルカ様)になっております。
「ねぇ、がっくん!」
隣を歩いていた幼馴染みに呼び掛けた。呼びかけられた私の幼馴染み・・・神岡楽が怪訝そうな顔でこちらを振り返る。
「何だ?」
「あっち見て! あっちの・・・噴水の所のベンチ!」
「噴水のベンチ?」
そう言って振り返ったがっくんが驚きで目を丸くしたのを確認する。ベンチには私達と同じぐらいの年の女の子が座っていた。普段通っている幼稚園では見た事のない顔で、遠目から見ても分かるくらい可愛い子だった。
「あの子可愛いね! 話しかけてみようよ!」
「でも、絵本読んでるみたいだぞ・・・おい!」
走り出した私の耳に、がっくんの制止の声は届かなかった。
「ねぇ!」
走っていった勢いのまま声をかけると、女の子が顔をあげた。驚いているのかぱちぱちと目を瞬かせている。
その子を真正面からみていると・・・去年の誕生日に買ってもらった、お気に入りのお人形を思い出した。私が持っている中でも一番のお気に入りで、お母さんが作ってくれたドレスとか着物とかアイドル時代の衣装とかを毎日着せかえている。そういえば、そのお人形は金髪に青い瞳だから、目の色が目の前の女の子と一緒だ。
「わたし、香坂めぐみ! あなたは?」
「わたし? わたしは・・・皆川琉華。」
「琉華って言うの? 名前も可愛いね!」
「あ、ありがとう・・・。」
「何歳? どこの幼稚園? この辺に住んでるの・・・ぐぇっ!」
前のめりになった私の襟元を、がっくんがぐいっと掴んでそのまま後ろに引っ張った。強い力で喉を絞められて、一瞬意識が飛びそうになる。
「そんなに矢継ぎ早に聞いたって答えらんないだろ、めぐみ。」
がっくんが眉をひそめながら私に説教する。
「げほっ・・・何よー、がっくんなんて私より一カ月遅く生まれてきたくせに・・・お兄さんぶっちゃってさぁ・・・。」
「何か言ったか?」
冷酷な眼差しでこちらを見ると、さらに締める力を強められる。
「ぐええ・・・。」
「だ、だいじょうぶ!? めぐみちゃん!」
そう言って、琉華は慌ててがっくんの手を私の襟元から引き剥がしてくれた。
「た・・・たすかった・・・。ありがとう、琉華。琉華は優しいね!」
ぎゅっと琉華に飛び付くと、琉華からはふんわりとバニラの匂いがした。後で聞いたら、その日の朝食がバニラエッセンスを入れたホットケーキだったんだって。
「俺は神岡楽。よろしくな、琉華。」
呆れたようなまなざしで、張りついている私と張りつかれている琉華を見たがっくんが自己紹介をする。俺もめぐみもすぐそこの幼稚園に通っているんだというと、明日から自分も通うのだと琉華は答えた。
しばらくの間絵本の事とかを話していると、私たちの方に向かって綺麗な女の人がやってきた。
「あ、おかあさんだ! もう帰らなきゃ・・・。」
「じゃあ、明日から毎日一緒に遊ぼうね! 約束だよ!」
琉華の顔を見てそういうと、琉華は私たちに笑顔を見せた。
「わかった、約束する。」
そう言って笑った琉華は、前に読んだ絵本に出てきたお姫様みたいだった。
「明日からよろしくね、二人とも。」
「うん!」
「ああ。」
・・・そんな出会いは、私達が五歳の時。
***
「・・・おい、めぐみ。」
どすの効いた、低い地鳴りのような声が聞こえてきた。声の主であるがっくんの方を向いて返事をする。
「ふぁひ(何)?」
「お前、遠慮って言葉を知ってるか?」
「知ってるよ? 高校生なんだから知ってて当たり前じゃん。何言ってんの?」
私、国語の成績は比較的ましな方なんだけど。がっくんとは生まれる前から一緒にいるのに、知らなかったんだろうか。
「・・・知ってんなら、そんな行動に出るとは思えないんだが。」
「そんな行動?」
何だろう? ヒントになるかと思ってテーブルの上を見回してみたけど、テーブルの上にあるのはチャーハンや餃子などの中華料理のお皿達だけ。
「どんな行動? 別に、おかしな所はないと思うんだけど。」
「本気で言ってんのか、それ?」
「本気も本気。もったいぶってないで教えてよー、万年成績上位の神岡楽君?」
「・・・机の上、もう一度見てみろよ。」
がっくんはため息をつきながらそう言った。見ても分かんないから聞いたっていうのに、全く・・・頭の良い人は自分が理解しているから、相手もすぐに分かるだろうって思って、詳しく説明してくれないから困る。
「ごめんね二人とも。電話お母さんからだったわ。お使い頼まれちゃった。」
席を外していた琉華が戻ってきた。
「お使い? 急ぎか?」
「ううん。帰りにスーパーで牛乳買ってきてって。」
「なら、まだ大丈夫か。」
ふっと琉華に微笑みかけるがっくんを、私は餃子をほおばりながら見ていた。がっくんはイケメンの部類に入るんだから、普段からそういう顔してればいいのに。いっつも無愛想な顔してるんだもん、もったいない。
今度はチャーハンをかき込みながら、目の前の二人を観察してみる。あ・・・そっか、そういうことか。私はお邪魔だったのかな。
「わかったよ、がっくん! それなら、確かに・・・私遠慮なしだった、ごめんね。」
自分が悪い時は素直に謝らなきゃだめだよってお父さんが言ってたもんね。お父さんの教え通り謝ったら、がっくんは鷹揚に頷いた。
「わかったんならいい。もう、それ以上注文すんなよ。」
「注文・・・え、そこなの?」
首をひねった私を見たがっくん。がっくんの方は眉間にしわが寄っていた。
「普通そこだろ。どこだと思ったんだ、いったい。」
「あの、私お邪魔虫だったのかなって。二人で来たかったんでしょ?」
「何言ってんだ。放課後は今まで通り三人一緒だって言っただろ。俺も琉華も、めぐみを邪魔だと思った事なんて一度もないぞ。」
あきれたとため息をつきながら答えるがっくん。私たちの間に座っている琉華もうんうんと頷いていた。
「それに・・・今日は『テストの結果が前より良かったらおごってやるよ』って言ってた分の約束を果たしに来たんだろ。お前も来なきゃ話にならないだろうが。」
「あ、そっか・・・そうだね。」
はっきりそう言ってもらえると・・・やっぱり嬉しい。放課後は三人で一緒に過ごす、それが十一年間の習慣だったから。
「でも、この注文のどこが遠慮なしなの? 私。」
「お前・・・確かに、好きなものおごってやるとは言ったけどな・・・一人分でこれはないだろ。俺を一文無しにする気かよ。」
「別に・・・たかがチャーハン五人前と餃子十人前と中華まん五個じゃん。」
「・・・は? たかが?」
「あ、あとマーボー豆腐とチャーハンもう一人前とゴマ団子も食べたかったんだよね。おーい、店員さ・・・むぐっ!」
「ふざけんな! 言った傍から何言ってんだよ!」
まなじりを釣り上げたがっくんが、目の前のお皿の上に残っていた餃子を私の口の中に押し込んだ。おお・・・怒った美系の顔というのは、なかなかの迫力だ。まぁ、がっくんに関しては見慣れちゃったから全然怖くないけど。
「ゴマ団子くらいは良いじゃんよー。琉華も食べたいよね?」
そう言ってもう一人の幼馴染みを振り返る。がっくんは琉華に弱いから、琉華を味方につければこっちのもんだ。
「そうね・・・ゴマ団子なら、一つくらいは食べたいわ。」
「一つで良いの? 私、十個はいける・・・ぎゃっ!」
がつんっとがっくんの鉄拳が私の頭に炸裂した。冷酷なまなざしを向けてくるがっくんを、きっと睨みつけながら叫んだ。
「何すんのよ!」
「俺、さっき・・・遠慮しろって言ったよな?」
「遠慮って言葉を知っているかとしか言ってないよ! あーもう、馬鹿になったらどうしてくれんのよ!」
「それ以上なんねえよ! 元々赤点だらけだろうが、万年赤点ホルダーが!」
「何よ! がっくんなんて、小さい頃はピーマン食べられなかったくせに!」
「めぐみだって、小学校高学年まで夜中に一人でトイレに行けなかったくせに!」
「な・・・サイテー! こんな公衆の面前で言う事じゃないでしょ!」
喧嘩売ってくるっていうんなら、買って倍返しにしてやる! そう思ってがっくんとぎゃあぎゃあ戦っていると・・・視界の端で琉華が動いたのが見えた。
「二人とも、いい加減にしなさい!」
そう言って、びしっとおでこをはたかれる。おそるおそる琉華の顔を見てみると、琉華は眉根を寄せてむっとした表情をしていた。
「もう、こんな所で喧嘩しないの! 私たち高校生なんだから、もう十分な大人なのよ? 大人が人前で怒鳴り合っていてはいけないわ。」
私たちに諭すように話す琉華。何でかな・・・がっくんの言う事には反論したくなるんだけど、琉華の言う事には素直に従おうと思うんだ。人徳の差かな。
「分かった・・・ごめんね、琉華。」
「分かってくれたなら良いの。でも、謝る相手はもう一人いるわよね?」
「・・・・・・ごめんね、がっくん。つっかかっていって。」
私の謝罪を聞いたがっくんは、俺も怒鳴って悪かったと謝ってくれた。
「ねぇ、楽。ゴマ団子、一つずつなら大丈夫?」
「・・・まぁ、それくらいなら。」
「じゃあ頼みましょ。めぐみちゃんも、今日の所はこれくらいにしてあげない?」
「琉華がそういうんなら・・・わかった。我慢する。」
「良かった。大好きな二人が喧嘩してる所なんて見たくないもの。もう、しないでね?」
琉華は私たちの目を交互に見つめながらそう言った。
「はーい・・・。」
「・・・分かったよ。」
素直に頷いた私たちに向かって女神の微笑みを向けると、琉華は更に口を開いた。
「明日はめぐみちゃん家のお店にしない? それなら・・・こう言っては何だけど、色々割り引いてもらえるから、懐事情あんまり考えなくて良いし。」
「そうだな。久しぶりに美玖さんに会いに行くか。」
「じゃあ、帰ったらお母さんに言っておくね。」
「うん。ありがとう。」
結局、私もがっくんも琉華には敵わないのだ。私たち三人の中で一番強いのは、琉華なんだと思う。
***
出会ってからは、いつも三人一緒だった。小中学生の時はもちろん、高校生になった今でも。三人の中で変わった事と言えば・・・親友の二人が、三ヶ月前から付き合いだしたことだろうか。
あの時、二人から同じタイミングで相談されて・・・ちょっとおもしろいなって思ったのを覚えている。まぁ、二人が付き合ってくれればこれからもずっと一緒にいられるし、二人には幸せになってほしいし、私は二人の事本当に大好きだから・・・出来る限りの協力は惜しまなかった。だから、無事付き合いだしたと二人から報告された時は、本当に嬉しかった。
少しだけ・・・私は二人の邪魔になっちゃわないかなとか、私はのけ者になっちゃうんじゃないかなとかって心配したけど、そんな心配しなくてよかった。だって、二人は付き合いだしても・・・それまでと一切変わらない態度で、私を邪見にすることなく一緒にいてくれたから。
***
「そういえば、もう来週なのね。」
「え? 何が?」
翌日の放課後、昨日の琉華の計画通り・・・私たちは、私のお母さんが経営しているホットケーキ屋さんにいた。このお店は学生証を見せれば二割引きだし、がっくんと琉華は私の親友って事でドリンク代はタダだ。もちろん、お店のオーナー兼店長である香坂美玖の娘である私は全てタダ。まぁ、飲み食いした分土日はお手伝いしてるけどね。
「めぐみちゃんの誕生日よ! めぐみちゃん、自分の誕生日忘れちゃったの?」
琉華の綺麗な青い瞳に、きょとんとした私の顔が映る。
「最近忙しかったから・・・すっかり忘れてた。」
お店の壁に掛けてあるカレンダーを見てみる。確かに、土日を挟んで丁度来週が私の誕生日だ。
「考えてみれば、この中ではめぐみが一番年上なんだよな。全然見えないけど。」
「がっくん、一言余計だよ。でも・・・その日って、二人の記念日でもなかったっけ?」
私の記憶が正しければ、二人が付き合いだしたのは、ぴったり私の誕生日の三か月前だった気がする。そう思って話を振ると、琉華は真っ赤な顔で、がっくんはいつも通りの顔で頷いた。
「でも、私たちの分はその後でも良いし・・・当日はめぐみちゃんの誕生日の方を祝うわ。ずっとそうしてきたんだから。」
ティーカップを持って微笑みながら言う琉華。琉華の言葉を聞いたがっくんも、その通りだというような微笑みを浮かべた。
「今回は私の家でするつもりなの。詳しい事決めたら連絡するわね。」
「うん。楽しみにしてるよ!」
毎年三人がそれぞれ誕生日の時は・・・残った二人が協力して、どちらかの家で誕生パーティーをしているの。小さい頃はそれぞれの両親が援助してくれていたけど、高校生となった今では、自分達だけで企画・準備・片付け全て行なっている。去年の私の誕生日は、がっくんの家でやったんだよね。がっくんの従兄で、私たちが通う高校の教師をしている隼人兄さんも来てくれて、にぎやかで楽しいパーティーだった。
食べ終わってお会計を済ませた後、二人を送るために私も店の外に出た。すると・・・前を向いていた琉華が、くるりと私の方を振り返った。
「そうだわ、謝らなきゃいけない事があるの。」
「何?」
「今週末の話なんだけど・・・お父さんが久しぶりに帰ってくるから、家族で出かける事になっちゃって。めぐみちゃんと映画見に行くの、楽しみにしていたんだけど行けなくなっちゃったの。」
「そういうことなら仕方ないよ。半年ぶりに会うんでしょ? 親子水入らずで楽しんできなよ。」
「ありがとう・・・ごめんね。」
琉華は手を合わせながら謝ってくれたんだけど・・・何となく違和感を感じた。琉華の目が若干泳いでいるような気がしたのだ。
でも、付き合いだした後でも、琉華は先約の方を優先してくれていた。がっくんの誘いでも、私との約束の方を先にしていた時は断っていたのだ。だから、自分の都合で私との約束を反故にしてしまう事を気にしているのだろう。その時はそう思ったので、感じた違和感なんて・・・特に気にしていなかった。
***
「あらあら、どうしましょ・・・。」
そんな声が厨房から聞こえてきた。何かあったのだろうか。
「お母さん、どうしたの?」
「トッピングの材料が少なくなってて・・・これじゃ、あと一人か二人分だわ。閉店までまだ時間あるのに。」
困った表情のお母さん。買い出しに行かないといけないわねぇと呟いている。
「今日はいつも以上にお客さん来たもんね。少なくなってるのは、ナッツとチェリーのシロップ漬けと・・・あらら、無くなりそうなの結構あるね。」
「私は料理作らないといけないし、ゆかりちゃんは別の買い出しに行かせちゃったし・・・めぐみが買い出しに行って来てくれる?」
「いいよ。これなら・・・ちょっと遠いけど、専門店まで行った方が良いよね。」
「そうね、お願いね。」
うちのお店は学生割があるから、土日なんかだと特に学生が店にやってくる。平日はお母さん一人でも問題ないんだけど、土日は一人じゃ厳しいという事で、大抵娘の私がウエイトレスをしていた。
ただ・・・最近はゆかりさんっていう大学生のバイトさんが入ってくれるようになったから、週末でも遊びにいけるようになった。なので、今日も琉華と遊ぼうと思っていたのだけど、家族とのお出かけの方が優先すべきだろう。私は、もう・・・どう頑張っても、お父さんには写真でしか会えないから。
「いけない。しんみりしている場合じゃなかった。」
慌てて歩を進め、電車に乗って三つ先の駅で降りる。駅前の製菓材料専門店で目当てのものを買い、改札に向かった。
すると、聞き慣れた親友の声が聞こえてきた。
「間に合いそうで良かったわ。もう、どうなる事かと思ったわよ。」
少し拗ねたような声音の琉華の声。琉華一家もこの辺りに来ていたのかと思って、声のする方に目を向けてみる。
「え・・・どういう事? 家族で出かけたんじゃなかったの?」
自分の目に映る光景を、一瞬理解できなかった。
「悪かったな。何とか調整がついたのが今日だったんだ。」
「これからそういう事は早めにしてね? 本当なら、今頃はめぐみちゃんと映画見てるはずだったのよ。楽しみにしてたのに。」
「ごめんな。せっかくの約束を台無しにさせて。」
本来ならいるはずの無い、もう一人の幼馴染み・・・琉華の彼氏でもあるがっくんが、目の前にいた。拗ねて頬を膨らませている様子の琉華の頭を、優しい手つきで撫ででいる。
「でも・・・久しぶりに二人きりだったし・・・いいわ。許してあげる。」
「そりゃどうも。そうだ・・・せっかくだから、もう少しこの辺りを散策するか?」
「そうね。さっき歩いていたら気になるお店があったの。そこに行ってみない?」
「いいぞ。んじゃあ行くか。」
そう言って歩き出したがっくんの腕に自分の腕を絡ませた琉華は、嬉しそうな顔で横の彼氏を見上げながら去っていった。
「何で・・・? 琉華、私との約束よりも、がっくんと出かける方を取ったの? 嘘までついて・・・?」
ショックのせいで、しばらくの間一歩も動けなかった。
***
「めぐみ、まだ家にいたの? 今日は琉華ちゃん家でパーティーするって言っていなかった?」
誕生日当日・・・お昼を過ぎても、私は自分の部屋にいた。
「今日はもう家から出ないつもりなの。そんなの、知らない。」
「自分の誕生日に何言ってるのよ。琉華ちゃんたちは前々から準備してくれていたんでしょ?」
「でも、きっと・・・私がいなければ、二人は自分たちのお祝いするよ。今日は二人が付き合って丁度三カ月だし。」
口では邪魔じゃない、何て言ってくれてたけど・・・やっぱり、二人とも私がいたら疎ましかったのかな。この前の言葉も、私がいたからああ言ってくれただけかもしれない。本心は違うのに・・・。
そう思ったから、これ以上二人を邪魔しちゃいけないと思って、距離を置いた方がいいのだろうと思って・・・二人から邪魔だと思われて嫌われるくらいならこっちから先に離れてしまおうと思って・・・今週に入ってからは、二人の事、避けてた。朝も早いうちに学校に行って職員室にいる隼人兄さんの所で勉強してたし、放課後は二人に捕まる前に家に帰っていたし。二年になって二人とクラスが離れた事を・・・ありがたいと思う日が来るなんて、全然思ってなかった。
「だって、久しぶりに二人で嬉しいって、あんなに喜んでたもん。今頃、私の事なんて忘れて楽しくやってるよ。」
「・・・そんな自虐的で卑屈な事を言うような子に育てた覚えはないんだけど。もしかして、二人と喧嘩でもしたの? 最近普段より早く帰ってきてたし。」
「何でもない。大丈夫だから、放っておいて。お店が回らないっていうなら、言ってくれれば手伝うから。」
「とても大丈夫には見えないんだけど・・・。」
そう言ったお母さんが頬に手のひらを当てた時、玄関のチャイムが鳴った。
「あらあら、誰かしら。ちょっと出てくるわね。」
そう言ってお母さんが一階まで下りていく。お母さんの声はよく通るから、客の応対をしているのだと分かるけど・・・お客の方は二人組だという事くらいしか分からなかった。
「めぐみ、お客さんよ! 下りてらっしゃい!」
まさかと思いつつ階段を下りていると・・・案の定、がっくんと琉華が来ていた。
「めぐみちゃん、もしかして今起きたの? 道理で・・・待ってても来ないはずだわ。」
「十一時に琉華の家の前に来いって言っただろ。」
怒ったような声音の二人。まぁ、当たり前といえば当たり前だ、怒って。
「ほら、さっさと準備してこい。待ってるから。」
腕を組んで玄関のドアにもたれるがっくんとその横に立っている琉華に向かって、私ははっきり行かないと告げた。
「「何で?」」
二人の返事は、示し合わせたかのようにタイミングばっちりだった。付き合いだすと、そのあたりも合うようになるのだろうか。
「もう、いいよ。二人の記念日の方を祝いなよ。」
「それは日曜にするから良いの。今日の主役はめぐみちゃんの方よ。」
「別にいいじゃん、私なんて放っといて。二人きりの方が良いんでしょ?」
「どうしたの? 最近変よ、めぐみちゃん。朝も放課後も一人でさっさと・・・。」
「じゃあさ。」
無理やり琉華の言葉を遮った。私が二人を避けた原因は、元はといえば琉華が嘘をついてがっくんとデートしてたからじゃない!
「何?」
「先週見に行こうって言ってた映画、調べたら今週の日曜までしかやってないんだよね。私の誕生日祝いって事で、日曜に二人で見に行こうよ。あの映画見たら、元気になれると思うの。」
わざと琉華を困らせるような事を言ってみる。思った通り、琉華は困惑した表情を浮かべた。
「でも、その日は既に楽と約束しているから・・・土曜日は?」
「土曜の方がうちの店忙しいから、抜けられないの知ってるでしょ? 今週の土曜はゆかりさんも来れないみたいだし。」
「でも・・・日曜は前々から楽と約束していたし・・・。」
おろおろしている琉華を見ていると、無性に腹が立った。私との約束は断れて、がっくんとのは出来ないんだ。琉華は、もう私よりもがっくんの方が大事なんだ!
「先週の約束だって、前々からしていたじゃない! 久しぶりに琉華と出かけられるって思って、本当に楽しみにしていたのに!」
「それは、私だって楽しみにしていたわ。めぐみちゃんとは週末はなかなか遊びに行けないし・・・。」
「嘘だ! 私との約束なんて、琉華にとっては重要じゃなかったんでしょ!」
「そんな訳ない! あの日は、家族で・・・。」
「琉華の嘘つき! 私、見たんだから! あの日、琉華はおじさんおばさんとじゃなくて、がっくんと一緒にいたじゃない!」
そう言った瞬間、琉華の動きが止まった。顔色が悪い・・・焦っているのだろう。真実を知られているなんて、思っていなかっただろうから。
「何で、それを・・・。」
「あの日、お母さんに買い出し頼まれて駅の前の製菓材料専門店に行ったの。その帰りに二人でいる所を見たんだよ! 家族と遊びに行くって言ってたくせに!」
「そ、れは・・・。」
「私よりがっくんを選んだんでしょ! 今まではそんな事無かったのに、やっぱり女友達よりも彼氏の方が良いんでしょ! 良かったね、嘘をついてまで一緒にいたい人が出来て。嘘をつかれた方はたまったもんじゃないのにっ・・・!」
ここ数日の間に渦巻いていた気持ちを琉華にぶつけていった。ぶつけているうちに堪えられなくなって・・・ぺたんと座りこんで、わんわん子供のように泣いてしまう。
「めぐみちゃん・・・。」
そう言って近寄ってきた琉華が私の方に手を伸ばす。伸ばされた手を勢いよく振り払うと、その勢いで琉華は倒れこんでしまった。
「琉華!」
慌てた様子のがっくんが琉華に駆け寄る。普段は・・・二人が仲良くしていたら嬉しいのに。この時ばかりは、二人の仲の良さを見せ付けられているようで、嫌な気分になってしまった。
「ごめんなさい・・・めぐみちゃん。」
琉華のか細い声が響いた。琉華は、心配顔のがっくんを大丈夫だからと手で制して私の方を向いた。琉華も・・・私同様、泣いていた。
「ごめんなさい、めぐみちゃん。めぐみちゃんを傷つけてしまって・・・ごめんなさい。」
「・・・。」
「でも、分かって。私はどっちも大好きなの。楽の事も勿論好きだけど、めぐみちゃんも大好きなの。どちらの方が、なんて考えた事もない。二人とも大好きなの。」
涙声で語る琉華。嘘をついているようには見えない、けど・・・。
「・・・なら、何で、あの日がっくんの方を選んだの。」
「どうしても、その日じゃなきゃいけなかったの。あの日じゃないと・・・間に合わなかったから。」
「間に合わなかった?」
そういえば・・・駅前で見かけた時も、琉華はそんな事を言っていたような気がする。
「何が間に合わないの?」
「・・・めぐみちゃんへの、プレゼント。」
「え? もう用意したよって先週の始めには言ってたじゃん。」
「それは、それぞれが用意した分。先週末に行ったのは・・・二人からの分なの。」
「二人・・・がっくんと、琉華から?」
琉華はこくりと頷いた。
「めぐみちゃんの誕生日と、私たちの付き合い記念日が一緒だねって話を楽としてた時に・・・思ったの。私たちがこうして付き合えたのは、今幸せなのは・・・めぐみちゃんのおかげよねって。」
目尻に涙を浮かべたまま琉華が言う。
「・・・五歳だったあの日、めぐみちゃんが私に話しかけてくれたから、私たちは三人でいるようになったじゃない。私と楽は、めぐみちゃんがいなかったら出会う事すらなかったのよ。」
琉華の瞳が、真っ直ぐに私を捉えた。涙で縁取りされた綺麗な青い瞳に、私の顔が映っている。
「協力もたくさんしてもらった。私たち、めぐみちゃんには感謝してもしきれないの。だから・・・その気持ちを二人からの贈り物って事で、少しでも形に出来たらって思って・・・。」
そんな風に思っていたんだ、私の事。二人とも、感謝、してくれていたんだ。邪魔だ、なんて、思っていなかったんだ・・・。再び涙腺が緩んでくる・・・さっきとは真逆の感情で。
「でも、楽、二年になってからは土日バイト始めたでしょ。日程調整するのが上手くいかなったみたいで・・・お休みもらえたのが、あの日だけだったの。既にプレゼントの目星は付けていたから、後はお店に行って実際に見てみるだけだったんだけど・・・お店遠かったから、一日がかりじゃないと行けなくて。」
そこまで言うと、琉華は一度俯いてしまった。けれど、すぐに私の方に向き直ると再び言葉を続ける。
「めぐみちゃんなら分かってくれるって・・・たとえばれても、笑って許してくれるって思ってたの。でも、まだ理由は話せないけど、どうしてもその日に楽と出かけなきゃいけなくなったって、正直に言えば良かった。そうすれば、めぐみちゃんを泣かせる事も・・・傷つける事もなかった。」
だからごめんなさい、ともう一度琉華は謝ってくれた。そんな琉華に近付いて、琉華の体にぎゅっとしがみつく・・・あの日のように。
「私の方こそごめん、ごめんね。もう邪魔だって、これ以上邪魔するなって言われちゃうんじゃないかって思ったから・・・怖かったから、二人から逃げていたの。きちんと二人に確認するべきだったのに、自分が傷つくのが嫌で逃げ出したの。二人を悪者にしたの。自分勝手な事してごめんなさい。」
「悪いのは私よ。家族とは夜に御飯食べにいくから、ああいう風に言っても半分は嘘じゃないって、だからいいのって思って、約束が無くなったらめぐみちゃんは美玖さんのお手伝いするだろうから、会う事もないし問題ないなんて思って・・・自分勝手なのは私の方よ。私の方こそごめんなさい。」
琉華と私はぎゅっと抱き合ったまま、暫くお互いに謝り続けていた。
***
「考えてみれば日程調整がうまくいかなかった俺も悪いんだよな・・・悪かったな。」
三人で琉華の家に向かう道中、がっくんがぽつりと言った。
「もういいよ。二人に邪魔だって思われていなかったのが分かったんだから。感謝してもらっている事まで分かって、嬉しかったし。」
「感謝云々はともかく、邪魔じゃないってのは前に言ったはずだったんだがな。」
「信じられなくなっちゃったの。なんだ、口先だけかって思っちゃって。」
「・・・そうか。」
「でも、大丈夫だよ。もうそんな風には思ってないから。」
思いつめたような表情をし始めたがっくんの方に向かって、明るい声で話しかけた。
「さっきの琉華の言葉が真実だって、わかったから。もう大丈夫なの。他の人に何言われたって、私はあの言葉を信じるから。」
そう言った後で、隣を歩く琉華の方もちらりと見てみた。私の視線に気づいた琉華が口を開く。
「ありがとう、めぐみちゃん。」
少し照れの入った、ふんわりした優しい・・・いつもの笑顔。自分から離れておいてあれだけど、二人の元に帰ってこれてよかったと、心から思った。
「雨降って地固まる、ね。私たち、今まで以上に仲良くなれたわ。」
「うん、そうだね! やっぱり、三人一緒が一番だね! また・・・朝と放課後は一緒にいよう? 週末は、二人でうちのお店に来てデートしたらいいんだよ!」
「ええ。お店が空いている時間を選んで行くわね。」
「うん!」
そう言って琉華とにこにこ笑い合っていると。ワントーン低いがっくんの声が聞こえてきた。
「それなら、めぐみのカメラやスマホは取り上げておかないとな。」
ぼそりと言ったがっくんの言葉に、ぎくりとする。背中を冷や汗が伝った。
「な・・・何で?」
頑張って笑顔を作って隣のがっくんを見遣る。けれど、がっくんはこちらを一瞥もせずに言葉を続けた。
「しらばっくれるな。俺達が二人でいると、よく隠れて写真撮ってるだろ。」
私の最近のマイブーム。幸せそうな二人を見ていると私も嬉しくなってくるし、二人に写真見せながら『偶然こんなシーン取れたのー相変わらず仲良しだね!』何て言って、からかうのが楽しくって。なんだぁばれてたのか・・・って写真見せてんだから当たり前か。
「いいじゃん、写真くらい。週末のデートをつけ回して、とかじゃないんだし。」
「そんな事したら絶交だかんな。宿題とかテスト勉強とかも一人で苦しめよ。」
「そんなストーカーみたいな事まではしないよ!」
がっくんは私を何だと思っているのか。非常に心外だ。
「でも写真は撮り続けるからね。心おきなくいちゃいちゃして下さい。」
「何だそりゃ。そんな事言われたら、撮られないよう全力を尽くすぞ。」
「その時は意地でも撮ってやるから! そんな小細工、打ち負かしてやるんだからね!」
「情熱を傾け過ぎだろ。もっと別の事にやる気を出せよ。」
「しょうがないじゃん・・・二人の事が大好きなんだから!」
両側を歩いていた二人の手をぎゅっと握って、私はそう答えた。
(完)
三人とも同じ年で誕生日は発売日としたので、年順がめぐみ(GUMIちゃん)→楽(神居がくぽ氏)→琉華(巡音ルカ様)になっております。
「ねぇ、がっくん!」
隣を歩いていた幼馴染みに呼び掛けた。呼びかけられた私の幼馴染み・・・神岡楽が怪訝そうな顔でこちらを振り返る。
「何だ?」
「あっち見て! あっちの・・・噴水の所のベンチ!」
「噴水のベンチ?」
そう言って振り返ったがっくんが驚きで目を丸くしたのを確認する。ベンチには私達と同じぐらいの年の女の子が座っていた。普段通っている幼稚園では見た事のない顔で、遠目から見ても分かるくらい可愛い子だった。
「あの子可愛いね! 話しかけてみようよ!」
「でも、絵本読んでるみたいだぞ・・・おい!」
走り出した私の耳に、がっくんの制止の声は届かなかった。
「ねぇ!」
走っていった勢いのまま声をかけると、女の子が顔をあげた。驚いているのかぱちぱちと目を瞬かせている。
その子を真正面からみていると・・・去年の誕生日に買ってもらった、お気に入りのお人形を思い出した。私が持っている中でも一番のお気に入りで、お母さんが作ってくれたドレスとか着物とかアイドル時代の衣装とかを毎日着せかえている。そういえば、そのお人形は金髪に青い瞳だから、目の色が目の前の女の子と一緒だ。
「わたし、香坂めぐみ! あなたは?」
「わたし? わたしは・・・皆川琉華。」
「琉華って言うの? 名前も可愛いね!」
「あ、ありがとう・・・。」
「何歳? どこの幼稚園? この辺に住んでるの・・・ぐぇっ!」
前のめりになった私の襟元を、がっくんがぐいっと掴んでそのまま後ろに引っ張った。強い力で喉を絞められて、一瞬意識が飛びそうになる。
「そんなに矢継ぎ早に聞いたって答えらんないだろ、めぐみ。」
がっくんが眉をひそめながら私に説教する。
「げほっ・・・何よー、がっくんなんて私より一カ月遅く生まれてきたくせに・・・お兄さんぶっちゃってさぁ・・・。」
「何か言ったか?」
冷酷な眼差しでこちらを見ると、さらに締める力を強められる。
「ぐええ・・・。」
「だ、だいじょうぶ!? めぐみちゃん!」
そう言って、琉華は慌ててがっくんの手を私の襟元から引き剥がしてくれた。
「た・・・たすかった・・・。ありがとう、琉華。琉華は優しいね!」
ぎゅっと琉華に飛び付くと、琉華からはふんわりとバニラの匂いがした。後で聞いたら、その日の朝食がバニラエッセンスを入れたホットケーキだったんだって。
「俺は神岡楽。よろしくな、琉華。」
呆れたようなまなざしで、張りついている私と張りつかれている琉華を見たがっくんが自己紹介をする。俺もめぐみもすぐそこの幼稚園に通っているんだというと、明日から自分も通うのだと琉華は答えた。
しばらくの間絵本の事とかを話していると、私たちの方に向かって綺麗な女の人がやってきた。
「あ、おかあさんだ! もう帰らなきゃ・・・。」
「じゃあ、明日から毎日一緒に遊ぼうね! 約束だよ!」
琉華の顔を見てそういうと、琉華は私たちに笑顔を見せた。
「わかった、約束する。」
そう言って笑った琉華は、前に読んだ絵本に出てきたお姫様みたいだった。
「明日からよろしくね、二人とも。」
「うん!」
「ああ。」
・・・そんな出会いは、私達が五歳の時。
***
「・・・おい、めぐみ。」
どすの効いた、低い地鳴りのような声が聞こえてきた。声の主であるがっくんの方を向いて返事をする。
「ふぁひ(何)?」
「お前、遠慮って言葉を知ってるか?」
「知ってるよ? 高校生なんだから知ってて当たり前じゃん。何言ってんの?」
私、国語の成績は比較的ましな方なんだけど。がっくんとは生まれる前から一緒にいるのに、知らなかったんだろうか。
「・・・知ってんなら、そんな行動に出るとは思えないんだが。」
「そんな行動?」
何だろう? ヒントになるかと思ってテーブルの上を見回してみたけど、テーブルの上にあるのはチャーハンや餃子などの中華料理のお皿達だけ。
「どんな行動? 別に、おかしな所はないと思うんだけど。」
「本気で言ってんのか、それ?」
「本気も本気。もったいぶってないで教えてよー、万年成績上位の神岡楽君?」
「・・・机の上、もう一度見てみろよ。」
がっくんはため息をつきながらそう言った。見ても分かんないから聞いたっていうのに、全く・・・頭の良い人は自分が理解しているから、相手もすぐに分かるだろうって思って、詳しく説明してくれないから困る。
「ごめんね二人とも。電話お母さんからだったわ。お使い頼まれちゃった。」
席を外していた琉華が戻ってきた。
「お使い? 急ぎか?」
「ううん。帰りにスーパーで牛乳買ってきてって。」
「なら、まだ大丈夫か。」
ふっと琉華に微笑みかけるがっくんを、私は餃子をほおばりながら見ていた。がっくんはイケメンの部類に入るんだから、普段からそういう顔してればいいのに。いっつも無愛想な顔してるんだもん、もったいない。
今度はチャーハンをかき込みながら、目の前の二人を観察してみる。あ・・・そっか、そういうことか。私はお邪魔だったのかな。
「わかったよ、がっくん! それなら、確かに・・・私遠慮なしだった、ごめんね。」
自分が悪い時は素直に謝らなきゃだめだよってお父さんが言ってたもんね。お父さんの教え通り謝ったら、がっくんは鷹揚に頷いた。
「わかったんならいい。もう、それ以上注文すんなよ。」
「注文・・・え、そこなの?」
首をひねった私を見たがっくん。がっくんの方は眉間にしわが寄っていた。
「普通そこだろ。どこだと思ったんだ、いったい。」
「あの、私お邪魔虫だったのかなって。二人で来たかったんでしょ?」
「何言ってんだ。放課後は今まで通り三人一緒だって言っただろ。俺も琉華も、めぐみを邪魔だと思った事なんて一度もないぞ。」
あきれたとため息をつきながら答えるがっくん。私たちの間に座っている琉華もうんうんと頷いていた。
「それに・・・今日は『テストの結果が前より良かったらおごってやるよ』って言ってた分の約束を果たしに来たんだろ。お前も来なきゃ話にならないだろうが。」
「あ、そっか・・・そうだね。」
はっきりそう言ってもらえると・・・やっぱり嬉しい。放課後は三人で一緒に過ごす、それが十一年間の習慣だったから。
「でも、この注文のどこが遠慮なしなの? 私。」
「お前・・・確かに、好きなものおごってやるとは言ったけどな・・・一人分でこれはないだろ。俺を一文無しにする気かよ。」
「別に・・・たかがチャーハン五人前と餃子十人前と中華まん五個じゃん。」
「・・・は? たかが?」
「あ、あとマーボー豆腐とチャーハンもう一人前とゴマ団子も食べたかったんだよね。おーい、店員さ・・・むぐっ!」
「ふざけんな! 言った傍から何言ってんだよ!」
まなじりを釣り上げたがっくんが、目の前のお皿の上に残っていた餃子を私の口の中に押し込んだ。おお・・・怒った美系の顔というのは、なかなかの迫力だ。まぁ、がっくんに関しては見慣れちゃったから全然怖くないけど。
「ゴマ団子くらいは良いじゃんよー。琉華も食べたいよね?」
そう言ってもう一人の幼馴染みを振り返る。がっくんは琉華に弱いから、琉華を味方につければこっちのもんだ。
「そうね・・・ゴマ団子なら、一つくらいは食べたいわ。」
「一つで良いの? 私、十個はいける・・・ぎゃっ!」
がつんっとがっくんの鉄拳が私の頭に炸裂した。冷酷なまなざしを向けてくるがっくんを、きっと睨みつけながら叫んだ。
「何すんのよ!」
「俺、さっき・・・遠慮しろって言ったよな?」
「遠慮って言葉を知っているかとしか言ってないよ! あーもう、馬鹿になったらどうしてくれんのよ!」
「それ以上なんねえよ! 元々赤点だらけだろうが、万年赤点ホルダーが!」
「何よ! がっくんなんて、小さい頃はピーマン食べられなかったくせに!」
「めぐみだって、小学校高学年まで夜中に一人でトイレに行けなかったくせに!」
「な・・・サイテー! こんな公衆の面前で言う事じゃないでしょ!」
喧嘩売ってくるっていうんなら、買って倍返しにしてやる! そう思ってがっくんとぎゃあぎゃあ戦っていると・・・視界の端で琉華が動いたのが見えた。
「二人とも、いい加減にしなさい!」
そう言って、びしっとおでこをはたかれる。おそるおそる琉華の顔を見てみると、琉華は眉根を寄せてむっとした表情をしていた。
「もう、こんな所で喧嘩しないの! 私たち高校生なんだから、もう十分な大人なのよ? 大人が人前で怒鳴り合っていてはいけないわ。」
私たちに諭すように話す琉華。何でかな・・・がっくんの言う事には反論したくなるんだけど、琉華の言う事には素直に従おうと思うんだ。人徳の差かな。
「分かった・・・ごめんね、琉華。」
「分かってくれたなら良いの。でも、謝る相手はもう一人いるわよね?」
「・・・・・・ごめんね、がっくん。つっかかっていって。」
私の謝罪を聞いたがっくんは、俺も怒鳴って悪かったと謝ってくれた。
「ねぇ、楽。ゴマ団子、一つずつなら大丈夫?」
「・・・まぁ、それくらいなら。」
「じゃあ頼みましょ。めぐみちゃんも、今日の所はこれくらいにしてあげない?」
「琉華がそういうんなら・・・わかった。我慢する。」
「良かった。大好きな二人が喧嘩してる所なんて見たくないもの。もう、しないでね?」
琉華は私たちの目を交互に見つめながらそう言った。
「はーい・・・。」
「・・・分かったよ。」
素直に頷いた私たちに向かって女神の微笑みを向けると、琉華は更に口を開いた。
「明日はめぐみちゃん家のお店にしない? それなら・・・こう言っては何だけど、色々割り引いてもらえるから、懐事情あんまり考えなくて良いし。」
「そうだな。久しぶりに美玖さんに会いに行くか。」
「じゃあ、帰ったらお母さんに言っておくね。」
「うん。ありがとう。」
結局、私もがっくんも琉華には敵わないのだ。私たち三人の中で一番強いのは、琉華なんだと思う。
***
出会ってからは、いつも三人一緒だった。小中学生の時はもちろん、高校生になった今でも。三人の中で変わった事と言えば・・・親友の二人が、三ヶ月前から付き合いだしたことだろうか。
あの時、二人から同じタイミングで相談されて・・・ちょっとおもしろいなって思ったのを覚えている。まぁ、二人が付き合ってくれればこれからもずっと一緒にいられるし、二人には幸せになってほしいし、私は二人の事本当に大好きだから・・・出来る限りの協力は惜しまなかった。だから、無事付き合いだしたと二人から報告された時は、本当に嬉しかった。
少しだけ・・・私は二人の邪魔になっちゃわないかなとか、私はのけ者になっちゃうんじゃないかなとかって心配したけど、そんな心配しなくてよかった。だって、二人は付き合いだしても・・・それまでと一切変わらない態度で、私を邪見にすることなく一緒にいてくれたから。
***
「そういえば、もう来週なのね。」
「え? 何が?」
翌日の放課後、昨日の琉華の計画通り・・・私たちは、私のお母さんが経営しているホットケーキ屋さんにいた。このお店は学生証を見せれば二割引きだし、がっくんと琉華は私の親友って事でドリンク代はタダだ。もちろん、お店のオーナー兼店長である香坂美玖の娘である私は全てタダ。まぁ、飲み食いした分土日はお手伝いしてるけどね。
「めぐみちゃんの誕生日よ! めぐみちゃん、自分の誕生日忘れちゃったの?」
琉華の綺麗な青い瞳に、きょとんとした私の顔が映る。
「最近忙しかったから・・・すっかり忘れてた。」
お店の壁に掛けてあるカレンダーを見てみる。確かに、土日を挟んで丁度来週が私の誕生日だ。
「考えてみれば、この中ではめぐみが一番年上なんだよな。全然見えないけど。」
「がっくん、一言余計だよ。でも・・・その日って、二人の記念日でもなかったっけ?」
私の記憶が正しければ、二人が付き合いだしたのは、ぴったり私の誕生日の三か月前だった気がする。そう思って話を振ると、琉華は真っ赤な顔で、がっくんはいつも通りの顔で頷いた。
「でも、私たちの分はその後でも良いし・・・当日はめぐみちゃんの誕生日の方を祝うわ。ずっとそうしてきたんだから。」
ティーカップを持って微笑みながら言う琉華。琉華の言葉を聞いたがっくんも、その通りだというような微笑みを浮かべた。
「今回は私の家でするつもりなの。詳しい事決めたら連絡するわね。」
「うん。楽しみにしてるよ!」
毎年三人がそれぞれ誕生日の時は・・・残った二人が協力して、どちらかの家で誕生パーティーをしているの。小さい頃はそれぞれの両親が援助してくれていたけど、高校生となった今では、自分達だけで企画・準備・片付け全て行なっている。去年の私の誕生日は、がっくんの家でやったんだよね。がっくんの従兄で、私たちが通う高校の教師をしている隼人兄さんも来てくれて、にぎやかで楽しいパーティーだった。
食べ終わってお会計を済ませた後、二人を送るために私も店の外に出た。すると・・・前を向いていた琉華が、くるりと私の方を振り返った。
「そうだわ、謝らなきゃいけない事があるの。」
「何?」
「今週末の話なんだけど・・・お父さんが久しぶりに帰ってくるから、家族で出かける事になっちゃって。めぐみちゃんと映画見に行くの、楽しみにしていたんだけど行けなくなっちゃったの。」
「そういうことなら仕方ないよ。半年ぶりに会うんでしょ? 親子水入らずで楽しんできなよ。」
「ありがとう・・・ごめんね。」
琉華は手を合わせながら謝ってくれたんだけど・・・何となく違和感を感じた。琉華の目が若干泳いでいるような気がしたのだ。
でも、付き合いだした後でも、琉華は先約の方を優先してくれていた。がっくんの誘いでも、私との約束の方を先にしていた時は断っていたのだ。だから、自分の都合で私との約束を反故にしてしまう事を気にしているのだろう。その時はそう思ったので、感じた違和感なんて・・・特に気にしていなかった。
***
「あらあら、どうしましょ・・・。」
そんな声が厨房から聞こえてきた。何かあったのだろうか。
「お母さん、どうしたの?」
「トッピングの材料が少なくなってて・・・これじゃ、あと一人か二人分だわ。閉店までまだ時間あるのに。」
困った表情のお母さん。買い出しに行かないといけないわねぇと呟いている。
「今日はいつも以上にお客さん来たもんね。少なくなってるのは、ナッツとチェリーのシロップ漬けと・・・あらら、無くなりそうなの結構あるね。」
「私は料理作らないといけないし、ゆかりちゃんは別の買い出しに行かせちゃったし・・・めぐみが買い出しに行って来てくれる?」
「いいよ。これなら・・・ちょっと遠いけど、専門店まで行った方が良いよね。」
「そうね、お願いね。」
うちのお店は学生割があるから、土日なんかだと特に学生が店にやってくる。平日はお母さん一人でも問題ないんだけど、土日は一人じゃ厳しいという事で、大抵娘の私がウエイトレスをしていた。
ただ・・・最近はゆかりさんっていう大学生のバイトさんが入ってくれるようになったから、週末でも遊びにいけるようになった。なので、今日も琉華と遊ぼうと思っていたのだけど、家族とのお出かけの方が優先すべきだろう。私は、もう・・・どう頑張っても、お父さんには写真でしか会えないから。
「いけない。しんみりしている場合じゃなかった。」
慌てて歩を進め、電車に乗って三つ先の駅で降りる。駅前の製菓材料専門店で目当てのものを買い、改札に向かった。
すると、聞き慣れた親友の声が聞こえてきた。
「間に合いそうで良かったわ。もう、どうなる事かと思ったわよ。」
少し拗ねたような声音の琉華の声。琉華一家もこの辺りに来ていたのかと思って、声のする方に目を向けてみる。
「え・・・どういう事? 家族で出かけたんじゃなかったの?」
自分の目に映る光景を、一瞬理解できなかった。
「悪かったな。何とか調整がついたのが今日だったんだ。」
「これからそういう事は早めにしてね? 本当なら、今頃はめぐみちゃんと映画見てるはずだったのよ。楽しみにしてたのに。」
「ごめんな。せっかくの約束を台無しにさせて。」
本来ならいるはずの無い、もう一人の幼馴染み・・・琉華の彼氏でもあるがっくんが、目の前にいた。拗ねて頬を膨らませている様子の琉華の頭を、優しい手つきで撫ででいる。
「でも・・・久しぶりに二人きりだったし・・・いいわ。許してあげる。」
「そりゃどうも。そうだ・・・せっかくだから、もう少しこの辺りを散策するか?」
「そうね。さっき歩いていたら気になるお店があったの。そこに行ってみない?」
「いいぞ。んじゃあ行くか。」
そう言って歩き出したがっくんの腕に自分の腕を絡ませた琉華は、嬉しそうな顔で横の彼氏を見上げながら去っていった。
「何で・・・? 琉華、私との約束よりも、がっくんと出かける方を取ったの? 嘘までついて・・・?」
ショックのせいで、しばらくの間一歩も動けなかった。
***
「めぐみ、まだ家にいたの? 今日は琉華ちゃん家でパーティーするって言っていなかった?」
誕生日当日・・・お昼を過ぎても、私は自分の部屋にいた。
「今日はもう家から出ないつもりなの。そんなの、知らない。」
「自分の誕生日に何言ってるのよ。琉華ちゃんたちは前々から準備してくれていたんでしょ?」
「でも、きっと・・・私がいなければ、二人は自分たちのお祝いするよ。今日は二人が付き合って丁度三カ月だし。」
口では邪魔じゃない、何て言ってくれてたけど・・・やっぱり、二人とも私がいたら疎ましかったのかな。この前の言葉も、私がいたからああ言ってくれただけかもしれない。本心は違うのに・・・。
そう思ったから、これ以上二人を邪魔しちゃいけないと思って、距離を置いた方がいいのだろうと思って・・・二人から邪魔だと思われて嫌われるくらいならこっちから先に離れてしまおうと思って・・・今週に入ってからは、二人の事、避けてた。朝も早いうちに学校に行って職員室にいる隼人兄さんの所で勉強してたし、放課後は二人に捕まる前に家に帰っていたし。二年になって二人とクラスが離れた事を・・・ありがたいと思う日が来るなんて、全然思ってなかった。
「だって、久しぶりに二人で嬉しいって、あんなに喜んでたもん。今頃、私の事なんて忘れて楽しくやってるよ。」
「・・・そんな自虐的で卑屈な事を言うような子に育てた覚えはないんだけど。もしかして、二人と喧嘩でもしたの? 最近普段より早く帰ってきてたし。」
「何でもない。大丈夫だから、放っておいて。お店が回らないっていうなら、言ってくれれば手伝うから。」
「とても大丈夫には見えないんだけど・・・。」
そう言ったお母さんが頬に手のひらを当てた時、玄関のチャイムが鳴った。
「あらあら、誰かしら。ちょっと出てくるわね。」
そう言ってお母さんが一階まで下りていく。お母さんの声はよく通るから、客の応対をしているのだと分かるけど・・・お客の方は二人組だという事くらいしか分からなかった。
「めぐみ、お客さんよ! 下りてらっしゃい!」
まさかと思いつつ階段を下りていると・・・案の定、がっくんと琉華が来ていた。
「めぐみちゃん、もしかして今起きたの? 道理で・・・待ってても来ないはずだわ。」
「十一時に琉華の家の前に来いって言っただろ。」
怒ったような声音の二人。まぁ、当たり前といえば当たり前だ、怒って。
「ほら、さっさと準備してこい。待ってるから。」
腕を組んで玄関のドアにもたれるがっくんとその横に立っている琉華に向かって、私ははっきり行かないと告げた。
「「何で?」」
二人の返事は、示し合わせたかのようにタイミングばっちりだった。付き合いだすと、そのあたりも合うようになるのだろうか。
「もう、いいよ。二人の記念日の方を祝いなよ。」
「それは日曜にするから良いの。今日の主役はめぐみちゃんの方よ。」
「別にいいじゃん、私なんて放っといて。二人きりの方が良いんでしょ?」
「どうしたの? 最近変よ、めぐみちゃん。朝も放課後も一人でさっさと・・・。」
「じゃあさ。」
無理やり琉華の言葉を遮った。私が二人を避けた原因は、元はといえば琉華が嘘をついてがっくんとデートしてたからじゃない!
「何?」
「先週見に行こうって言ってた映画、調べたら今週の日曜までしかやってないんだよね。私の誕生日祝いって事で、日曜に二人で見に行こうよ。あの映画見たら、元気になれると思うの。」
わざと琉華を困らせるような事を言ってみる。思った通り、琉華は困惑した表情を浮かべた。
「でも、その日は既に楽と約束しているから・・・土曜日は?」
「土曜の方がうちの店忙しいから、抜けられないの知ってるでしょ? 今週の土曜はゆかりさんも来れないみたいだし。」
「でも・・・日曜は前々から楽と約束していたし・・・。」
おろおろしている琉華を見ていると、無性に腹が立った。私との約束は断れて、がっくんとのは出来ないんだ。琉華は、もう私よりもがっくんの方が大事なんだ!
「先週の約束だって、前々からしていたじゃない! 久しぶりに琉華と出かけられるって思って、本当に楽しみにしていたのに!」
「それは、私だって楽しみにしていたわ。めぐみちゃんとは週末はなかなか遊びに行けないし・・・。」
「嘘だ! 私との約束なんて、琉華にとっては重要じゃなかったんでしょ!」
「そんな訳ない! あの日は、家族で・・・。」
「琉華の嘘つき! 私、見たんだから! あの日、琉華はおじさんおばさんとじゃなくて、がっくんと一緒にいたじゃない!」
そう言った瞬間、琉華の動きが止まった。顔色が悪い・・・焦っているのだろう。真実を知られているなんて、思っていなかっただろうから。
「何で、それを・・・。」
「あの日、お母さんに買い出し頼まれて駅の前の製菓材料専門店に行ったの。その帰りに二人でいる所を見たんだよ! 家族と遊びに行くって言ってたくせに!」
「そ、れは・・・。」
「私よりがっくんを選んだんでしょ! 今まではそんな事無かったのに、やっぱり女友達よりも彼氏の方が良いんでしょ! 良かったね、嘘をついてまで一緒にいたい人が出来て。嘘をつかれた方はたまったもんじゃないのにっ・・・!」
ここ数日の間に渦巻いていた気持ちを琉華にぶつけていった。ぶつけているうちに堪えられなくなって・・・ぺたんと座りこんで、わんわん子供のように泣いてしまう。
「めぐみちゃん・・・。」
そう言って近寄ってきた琉華が私の方に手を伸ばす。伸ばされた手を勢いよく振り払うと、その勢いで琉華は倒れこんでしまった。
「琉華!」
慌てた様子のがっくんが琉華に駆け寄る。普段は・・・二人が仲良くしていたら嬉しいのに。この時ばかりは、二人の仲の良さを見せ付けられているようで、嫌な気分になってしまった。
「ごめんなさい・・・めぐみちゃん。」
琉華のか細い声が響いた。琉華は、心配顔のがっくんを大丈夫だからと手で制して私の方を向いた。琉華も・・・私同様、泣いていた。
「ごめんなさい、めぐみちゃん。めぐみちゃんを傷つけてしまって・・・ごめんなさい。」
「・・・。」
「でも、分かって。私はどっちも大好きなの。楽の事も勿論好きだけど、めぐみちゃんも大好きなの。どちらの方が、なんて考えた事もない。二人とも大好きなの。」
涙声で語る琉華。嘘をついているようには見えない、けど・・・。
「・・・なら、何で、あの日がっくんの方を選んだの。」
「どうしても、その日じゃなきゃいけなかったの。あの日じゃないと・・・間に合わなかったから。」
「間に合わなかった?」
そういえば・・・駅前で見かけた時も、琉華はそんな事を言っていたような気がする。
「何が間に合わないの?」
「・・・めぐみちゃんへの、プレゼント。」
「え? もう用意したよって先週の始めには言ってたじゃん。」
「それは、それぞれが用意した分。先週末に行ったのは・・・二人からの分なの。」
「二人・・・がっくんと、琉華から?」
琉華はこくりと頷いた。
「めぐみちゃんの誕生日と、私たちの付き合い記念日が一緒だねって話を楽としてた時に・・・思ったの。私たちがこうして付き合えたのは、今幸せなのは・・・めぐみちゃんのおかげよねって。」
目尻に涙を浮かべたまま琉華が言う。
「・・・五歳だったあの日、めぐみちゃんが私に話しかけてくれたから、私たちは三人でいるようになったじゃない。私と楽は、めぐみちゃんがいなかったら出会う事すらなかったのよ。」
琉華の瞳が、真っ直ぐに私を捉えた。涙で縁取りされた綺麗な青い瞳に、私の顔が映っている。
「協力もたくさんしてもらった。私たち、めぐみちゃんには感謝してもしきれないの。だから・・・その気持ちを二人からの贈り物って事で、少しでも形に出来たらって思って・・・。」
そんな風に思っていたんだ、私の事。二人とも、感謝、してくれていたんだ。邪魔だ、なんて、思っていなかったんだ・・・。再び涙腺が緩んでくる・・・さっきとは真逆の感情で。
「でも、楽、二年になってからは土日バイト始めたでしょ。日程調整するのが上手くいかなったみたいで・・・お休みもらえたのが、あの日だけだったの。既にプレゼントの目星は付けていたから、後はお店に行って実際に見てみるだけだったんだけど・・・お店遠かったから、一日がかりじゃないと行けなくて。」
そこまで言うと、琉華は一度俯いてしまった。けれど、すぐに私の方に向き直ると再び言葉を続ける。
「めぐみちゃんなら分かってくれるって・・・たとえばれても、笑って許してくれるって思ってたの。でも、まだ理由は話せないけど、どうしてもその日に楽と出かけなきゃいけなくなったって、正直に言えば良かった。そうすれば、めぐみちゃんを泣かせる事も・・・傷つける事もなかった。」
だからごめんなさい、ともう一度琉華は謝ってくれた。そんな琉華に近付いて、琉華の体にぎゅっとしがみつく・・・あの日のように。
「私の方こそごめん、ごめんね。もう邪魔だって、これ以上邪魔するなって言われちゃうんじゃないかって思ったから・・・怖かったから、二人から逃げていたの。きちんと二人に確認するべきだったのに、自分が傷つくのが嫌で逃げ出したの。二人を悪者にしたの。自分勝手な事してごめんなさい。」
「悪いのは私よ。家族とは夜に御飯食べにいくから、ああいう風に言っても半分は嘘じゃないって、だからいいのって思って、約束が無くなったらめぐみちゃんは美玖さんのお手伝いするだろうから、会う事もないし問題ないなんて思って・・・自分勝手なのは私の方よ。私の方こそごめんなさい。」
琉華と私はぎゅっと抱き合ったまま、暫くお互いに謝り続けていた。
***
「考えてみれば日程調整がうまくいかなかった俺も悪いんだよな・・・悪かったな。」
三人で琉華の家に向かう道中、がっくんがぽつりと言った。
「もういいよ。二人に邪魔だって思われていなかったのが分かったんだから。感謝してもらっている事まで分かって、嬉しかったし。」
「感謝云々はともかく、邪魔じゃないってのは前に言ったはずだったんだがな。」
「信じられなくなっちゃったの。なんだ、口先だけかって思っちゃって。」
「・・・そうか。」
「でも、大丈夫だよ。もうそんな風には思ってないから。」
思いつめたような表情をし始めたがっくんの方に向かって、明るい声で話しかけた。
「さっきの琉華の言葉が真実だって、わかったから。もう大丈夫なの。他の人に何言われたって、私はあの言葉を信じるから。」
そう言った後で、隣を歩く琉華の方もちらりと見てみた。私の視線に気づいた琉華が口を開く。
「ありがとう、めぐみちゃん。」
少し照れの入った、ふんわりした優しい・・・いつもの笑顔。自分から離れておいてあれだけど、二人の元に帰ってこれてよかったと、心から思った。
「雨降って地固まる、ね。私たち、今まで以上に仲良くなれたわ。」
「うん、そうだね! やっぱり、三人一緒が一番だね! また・・・朝と放課後は一緒にいよう? 週末は、二人でうちのお店に来てデートしたらいいんだよ!」
「ええ。お店が空いている時間を選んで行くわね。」
「うん!」
そう言って琉華とにこにこ笑い合っていると。ワントーン低いがっくんの声が聞こえてきた。
「それなら、めぐみのカメラやスマホは取り上げておかないとな。」
ぼそりと言ったがっくんの言葉に、ぎくりとする。背中を冷や汗が伝った。
「な・・・何で?」
頑張って笑顔を作って隣のがっくんを見遣る。けれど、がっくんはこちらを一瞥もせずに言葉を続けた。
「しらばっくれるな。俺達が二人でいると、よく隠れて写真撮ってるだろ。」
私の最近のマイブーム。幸せそうな二人を見ていると私も嬉しくなってくるし、二人に写真見せながら『偶然こんなシーン取れたのー相変わらず仲良しだね!』何て言って、からかうのが楽しくって。なんだぁばれてたのか・・・って写真見せてんだから当たり前か。
「いいじゃん、写真くらい。週末のデートをつけ回して、とかじゃないんだし。」
「そんな事したら絶交だかんな。宿題とかテスト勉強とかも一人で苦しめよ。」
「そんなストーカーみたいな事まではしないよ!」
がっくんは私を何だと思っているのか。非常に心外だ。
「でも写真は撮り続けるからね。心おきなくいちゃいちゃして下さい。」
「何だそりゃ。そんな事言われたら、撮られないよう全力を尽くすぞ。」
「その時は意地でも撮ってやるから! そんな小細工、打ち負かしてやるんだからね!」
「情熱を傾け過ぎだろ。もっと別の事にやる気を出せよ。」
「しょうがないじゃん・・・二人の事が大好きなんだから!」
両側を歩いていた二人の手をぎゅっと握って、私はそう答えた。
(完)